ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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銭形平次

2025/4/18公開

1966年から888話が放送された大人気時代劇

 神田明神下の平次親分は、今売り出し中の岡っ引き。下っ引きの八五郎が、「親分、てえへんだ!」と持ち込む難事件を持ち前の推理力で見事解決してみせる。その最大の武器は、束ねた銭を悪人に投げつけて動きを封じる“投げ銭”の技。華麗な十手さばきで、兇賊も悪剣豪をギャフンと言わせる。「銭形平次」は、もっとも多く映像化された江戸の名探偵だ。

 原作は、野村胡堂の大衆小説。文藝春秋「オール読物」に「銭形平次捕物控」の第一話を発表したのは、昭和6年(1931)のことだった。

 その主人公誕生には、ユニークな逸話がある。

 編集者から捕物帳の執筆を依頼され、キャラクター作りに悩んでいた作者は、幼いころから親しんだ「水滸伝」に登場する小石投げ名人のような「特技」を持たせたいとひらめいた。しかし、具体的にどんなものを投げたらいいのか……思いあぐね、ふと外を眺めたとき、目に入ったのが、建設会社「銭高組」の看板。ここから一気に「銭形平次」のスタイルが完成した。以来、「銭形平次」シリーズは、27年間、実に383編が書き続けられ、作家の代表作となった。

 作者がシリーズを書き続けるにあたっては、四つのことにこだわったといわれる。ひとつは、安易に罪人をつくらないこと。二つ目は庶民に愛着を持つこと。三つ目は、侍や遊び人をやっつける痛快な物語にすること、そして四つ目は全体に明るく健康的な物語にすること。悪に対して命がけで立ち向かう平次の心底には「罪を憎んで人を憎まず」の精神があるのだった。

 原作はすぐに人気となって連載が始まった年には早くもトップスター長谷川一夫主演で映画化。以後、嵐寛寿郎、海江田譲二、川浪良太郎、里見浩太朗などか平次役に。映像版平次のイメージは三十代前半。愛妻お静と長屋に暮らし、酒量はそこそこ、煙管が大好きで、暇があると将棋盤とにらめっこするが、腕前はいまいちらしい。その平次とともに事件を追うのが、下っ引きの八五郎は、原作によると「あごが長く、長身で怪力」だが、映像では丸顔のお調子者というイメージだ。

 そして、1966年には、いよいよテレビドラマで大川橋蔵の平次が登場する。

 その記念すべき第一話は、モノクロ放送。例によって、八五郎(佐々十郎)が人気の茶屋の親父が殺されたと親分を呼びに来る。愛妻お静(八千草薫)にひげを当たってもらっていた平次は直ちに出動。被害者の様子から下手人が左利きで顔見知りだと見抜く。連続殺人に発展し、混迷を極める中、平次は小さなヒントから意外な犯人を見つけ、被害者の娘の危機一髪を投げ銭で救った! まさに明朗ヒーローの鑑のような平次だ。

 実は、橋蔵の平次誕生にも逸話がある。

 娯楽の中心が映画からテレビに移っていた当時、それでも映画スターがテレビに出るケースは限られていた。そんな中、二枚目映画スターの代表格だった橋蔵は、撮影所の存続とテレビの未来を引き受ける形で、このシリーズ出演を承諾したのだった。舞台公演も大切にしていた橋蔵は、ドラマ出演に際して年に三回の舞台公演を続けられるようスケジュールを組むことを条件にしていたという。きっちりした性格の橋蔵は、平次のイメージを守るため、酒も夜遊びも控え、共演者の相談にもよくのった。私も長く平次のライバル岡っ引き三輪の万七を演じた遠藤太津朗さんに「橋蔵さんは、本物の親分だった」と聞いたことがある。

 こうしてきっちりしっかり橋蔵の「銭形平次」は、84年まで888話まで続いた。これは当時、「テレビにおける1時間番組最長出演記録」としてギネスブックに公認された。

 その最終回は、当時では珍しく時間を75分に延長。美空ひばり、舟木一夫、五木ひろしら豪華ゲストを招いて難事件を解決した平次は三代目のお静(香山美子)、八五郎(林家珍平)とともに骨休めの旅に出る。日本橋は日本晴れ。まさに大団円であった。ラストには、特別に橋蔵の口上つき。見事888話を演じきった感慨と感謝を述べたのだ。さすが昭和の大スター。なお、この時期にレギュラー出演していた京本政樹は、橋蔵にメイクの手ほどきなどを受け、その後、多くの時代劇で活躍している。

 その後、テレビには、風間杜夫、北大路欣也、村上弘明の平次が登場。ささやかなヒントから下手人を見つける推理力、銭投げのスタイルや十手の使い方もそれぞれ工夫されていて面白い。このあたりも平次の魅力。

 北大路欣也版は、おとなの男の魅力を前面に出し、縞の着物と羽織も織から特注だった。その第一話「九尾の狐 スペシャル」では、殺された男が持っていた狐や梅の絵柄と歌が書かれた書面の暗号解きに挑んだ。

 北大路版の投げ銭のシーンは、平次の手が脇腹に動き、つるした銭束のアップから一枚を抜き取り、平次が投げるバストショットと、いくつかのカットに分ける。メリハリがあり、力強さがある。主題歌も北大路が歌っている。

 神田明神には親分と、八五郎の石碑がある。権力にも屈せず庶民の立場で事件を解決した銭形平次は、永遠の名親分。後味が爽やかな捕物帳だ。

今回ご紹介した作品

銭形平次

放送
大川橋蔵版「銭形平次」
東映チャンネルにて放送中(放送スケジュールは、東映チャンネルにてご確認ください)

北大路欣也版「銭形平次」
時代劇専門チャンネルにて放送中(放送スケジュールは、時代劇専門チャンネルにてご確認ください)

情報は2025年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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