ペリー荻野さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

I ,KILL

2025/7/22公開

“群凶(ゾンビ)”を斬る-本格アクション時代劇


 長年、時代劇を観ていて、「こういうジャンルがあったのか」とうなりつつ見ているWOWOW「連続ドラマW I ,KILL」。キャッチコピーは、「木村文乃&田中樹主演!“群凶”と呼ばれる謎の怪物がはびこる、歴史スペクタル×本格サバイバルスリラー」である。

 物語の舞台は、関ヶ原の合戦から35年後。
 医師・源三郎(高橋克実)の助手として働くお凛(木村文乃)は、血のつながらない娘トキ(田牧そら)の病の薬を得るため、遠方の村へ向かう。ところが村には異様な空気が漂い、お凛と源三郎は、恐ろしい姿の人を食らう屍“群凶”の集団に襲われる。

 そんな折、遊女屋にあらわれた憂い顔の男・士郎(田中樹)は、「死人が歩いている」と噂話をする女郎に、かつての自分を知っているはずだと話すが、それは士郎の傷をえぐる結果となり、彼は女の首にかじりつく……。


 ゾンビ作品に慣れていない私は、蹴倒しても体を斬られても起き上がり(倒すには頭を割るか、首をはねるしかない)異様な力を出して追いすがってくる血みどろのゾンビ集団が出てくるたびに「ひえーっ!!」と腰が引けていた。食われた被害者がゾンビになって、ゾンビが増殖していくというのも恐ろしい。が、ただ怖がらせるだけでないところが、このドラマのポイントでもある。

 ポイントのひとつは主役のふたりの壮絶な「過去」だ。
 お凛は、昔、忍びであったことを隠して生きてきた。しかし、群凶と闘うために刃を握り、苦々しい過去を思い出す。その過去を背負いつつ、トキを守るために旅を始める。士郎は、人の意識を持ったまま“半群凶”となり、忌み嫌われ、座敷牢に幽閉されていた。士郎は自分が何者かを知るため、旅をしているのだ。

 やがて士郎は江戸城へと連れ去られた。そこには士郎とうりふたつの将軍・家光(田中樹二役)が!


 もうひとつのポイントは、ふたりに関わる人間たちの思惑だ。
 実は幕府は、密かに群凶殲滅のため、村を焼きはらい、柳生十兵衛(山本耕史)率いる「群凶討伐衆」を組織していた。お凛の危機を救った十兵衛は、「こんなところで死んでるヒマあんの?」とどこか飄々としているが、一筋縄ではいかない男だ。飄々&タフな闘いは、山本耕史の得意とするところ。イキイキとしている。

 また、お凛の母で忍びの冷酷な頭領である氷雨(富田靖子)は、見るも無残な状況を見て「待ってたよ、この世のタガがはずれる時を」と口角を上げてうれしそうにつぶやく。こりゃ、怖い。


 富田靖子といえば、「I,KILL」と同じ時代を描いた2011年の大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」のおふく役を思い出す人もいるのではないか。明智光秀の重臣の娘おふくは、家康に見込まれ、二大将軍秀忠とお江(上野樹里)の嫡男・竹千代の乳母となった女性。竹千代より弟の国松を可愛がるお江と対立し、家康に直談判して竹千代を三代将軍・家光にし、自らは大奥の春日局となった。このときの富田靖子も口角を上げて微笑みながらも、絶対負けない怖いほどの強さを見せたものだ。

 なお、「I,KILL」で春日局を演じる山下容莉枝も、昨年、「相棒Season22」で、猛毒の神経ガスが使われた事件で迫力ある演技を見せたベテラン。このドラマでは、女囚役の佐藤江梨子、隠れキリシタン村を束ねる老婆役の濱田マリなど、女性キャストのがっちりした演技もみどころになっている。


 木村と田中は、クランクイン二カ月前からアクションや殺陣を特訓してきたという。木村は連続殺人犯を追うドラマ「サイレーン 刑事×彼女×完全悪女」等でも、ハードな闘いを見せたが、ここでは忍びらしく転がり、地を這い、あらゆる物を武器として泥だらけで闘う。田中の士郎は、どこか虚無を漂わせながらも苦悩する剣士で、そのほっそりとした立ち姿は、市川雷蔵や田村正和が当たり役とした「眠狂四郎」を想起させる(眠狂四郎は、オランダの転びバテレンと日本人の母を持つ)。

 メイン監督はポルト国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した経験を持つヤングポール。特殊造形は「シン・ゴジラ」などでも知られる百武朋。美術は22年「燃えよ剣」などで日本アカデミー賞最優秀美術賞を受賞している美術監督原田哲男。最終話が放送される前に第29回プチョン国際ファンタスティック映画祭に正式招待が決まるなど、海外での展開も早い。確かにタイトルも「I,KILL」で、KILLと斬る。なるほど……と思っていた私は脇が甘かった。このドラマ全体のテーマは、「生きる」。おお、タイトルもそう読めるではないですか。

 ゾンビに押さえつけられ、絶体絶命のお凛は叫ぶ。

「私は生きる!!」

「生き残る」「生きて帰る」という言葉は、時代劇にはよく出てくるが、主人公自らが「生きる」と宣言するというのは、ありそうでなかった。その点でも新しいドラマといえる。

今回ご紹介した作品

連続ドラマW  I ,KILL

配信
WOWOWオンデマンドにて配信中

情報は2025年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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