寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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イカゲーム

2022/05/05公開

456人の生活困窮者が一発逆転の苛酷なゲームに挑む。Netflix史上最大のヒット作

Netflixシリーズ『イカゲーム』独占配信中

 世界94カ国で1位にランクインし、Netflix史上最大のヒット作だというこの作品、その威力は、「Kフード」と呼ばれる韓国食品の世界的需要にも反映されているらしい。主人公と老人がコンビニの前の軽食スペースで酒を酌み交わす場面で、インスタントラーメンを調理せずそのまま酒のつまみとして食べるのが、海外でも流行しているそうだ。

 だが、これは日本でもやっている食べ方だ。日清チキンラーメンは、1958年に発売された当時からそのままでも囓っていたし、カップ麺もそうだ。わたしがプロデュースした映画『子どもたちをよろしく』(2020年)では、電気、ガスを止められた貧困家庭で袋麺に粉末スープをふりかけて夕食にする場面がある。

 そう、日本と韓国の生活ぶりは極めて似通っているのである。このドラマの題名にもなっている子どもの遊びイカゲームを見て、福岡の子どもだったわたしたちが熱中した「Sケン」を思い出した。イカの形の陣形ではなく、アルファベットのSをかたどった陣地なのだが、勝負のつけ方はよく似ている。

 他にも、「だるまさんがころんだ」、「型抜き」、ビー玉などおなじみのものだらけではないか。ことに、ビー玉ゲームのために運営組織が作った路地裏の遊び場を模したセットは、わたしにも懐かしいものだった。こんなに共通点が多いというのに、「最悪の日韓関係」を作り出してしまっているのだから、両国の政治家たちには猛省を促したくなる。

 ともあれ、韓国ドラマや映画を見て他人事と感じないのは生活文化の素地が一緒で親しみが持てるからに違いない。そう、新自由主義経済の嵐が吹く中で、経済格差や貧困の問題が重くのしかかっているのも一緒なのだ。456人の生活困窮者が生命を賭けて一発逆転の苛酷なゲームに挑むのも、決して荒唐無稽な設定とは思えない。

 日本にも、福本伸行の『カイジ』という傑作マンガがあるではないか。命懸けの賭博ゲームに挑むスリルとサスペンスが、マンガという表現方法を巧みに使って極限まで増幅され、読者をヒリヒリするような緊張感へと誘い込む。ただ、映画化されたものは全くダメで、原作の迫力には程遠い。商業映画として成立させるために有名俳優を多数起用したことが、作り物めいた感じを強くしてしまった。

Netflixシリーズ『イカゲーム』独占配信中

 そこへいくと、『イカゲーム』はみごとなものだ。主演のイ・ジョンジェからして、尾羽うち枯らした落魄の中年男に成り切っている。ハリウッドでもリメイクされた『イルマーレ』(2000)、『オーバー・ザ・レインボー』(2002)などで甘い二枚目だった人気映画スターが、これがイ・ジョンジェ? と思ってしまうほどの変身ぶりだ。

 一方で、彼とともにゲームに参加する多彩な連中が、次々繰り広げられる6種のゲームの間に副次的ドラマを形成していくのが面白さを増す。認知症の気配がある老人、横領事件を起こした元エリート証券マン、脱北者の女、失敗して組織から命を狙われているものの参加者中最も暴力の威力をふるうヤクザ、平気で虚言や裏切りを重ねるあばずれ女、家族からひどい虐待を受けて育った少女、そして外国人労働者までも… 多様性に満ちた面々を、知名度の低い実力派俳優がリアルに演じている。

※以下、内容に関するネタバレを含む表現があります。ご注意ください(編集部注)

Netflixシリーズ『イカゲーム』独占配信中

 あのイ・ビョンホン、メガヒット映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016)などに主演のコン・ユと、顔の売れたスターは虚構性の強い運営組織側の役なので登場してもリアルさを損なわない。参加者側は多種多様、運営側は謎めく存在と明確に描き分けられているから、現実にはあり得ない設定であっても荒唐無稽とまではならないのだ。

 そして、このゲームが誰のため、何のために行われているかが明らかになる終盤では、強者が弱者を支配する社会の歪みや醜さが露わにされる。原作、脚本、監督のファン・ドンヒョクは、元来社会派の色濃い仕事をしてきた人だ。映画監督デビュー作『マイ・ファーザー』(2007)は、韓国が貧しかった時代に欧米へ海外養子に出された幼子たちの成長後の苦悩と死刑問題を扱っている。また、第二作『トガニ 幼い瞳の告発』(2011)では、聴覚障害に対応する学校で校長や教師たちが児童・生徒に対する性暴力や虐待を長期にわたって続けていた実際の事件を映画化した。大ヒットしたこの作品は韓国社会の世論を動かし、障害者女性や13歳未満児童への性的虐待を厳罰化するなどした通称「トガニ法」が制定されたほどである。

『イカゲーム』も、単なる刺激的娯楽ドラマでは終わっていない。節々で、韓国社会だけでなく日本社会にも通じるさまざまな問題を意識させる。これだけ人気を博したのだから当然の話だろうが、シーズン2に関する情報も報じられており、次はどんなテーマを世界に向かって問いかけるのか、期待せざるを得ないではないか。

予告編

今回ご紹介した作品

イカゲーム

Netflixで独占配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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