寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ラケット少年団

2022/05/19公開

部活少年たちの奮闘をほのぼのとしたタッチで描く青春活劇

Netflixシリーズ『ラケット少年団』独占配信中

「部活、地域移行」という見出しが新聞の一面を飾ったのは、今年4月のことだ。スポーツ庁の有識者会議が提言を発表し、中学校の運動部活動の主体を学校から地域社会に移す改革が、いよいよ始まることになった。

 戦後に学校生活を送った世代なら誰もが当たり前と思ってきた日本の中学校、高校の部活動は、実は他の国には例のない独特のシステムなのである。大多数の生徒が、いや学校によっては強制的に全員が何らかの部に所属し、教師が授業と同じくらいの責任を課せられ指導に当たるなんて、欧米人には理解不能だろう。さすがに最近は、行き過ぎた強圧的指導や教師の過重労働が指摘されて、今回の改革に至ったわけだ。

「青春とは何だ」(1965~66年/ラグビー)あたりを皮切りに、「スクール☆ウォーズ」(1984~85年/ラグビー)、「ウォーターボーイズ」(2003/水泳)、「ROOKIES」(2008年/野球)など幾多の大ヒットドラマがあったのにもかかわらず、最近そのようなものが見当たらないのは、そうした空気も反映されているのではないか。

 で、韓国ドラマの学園スポーツものはどうなんだろう。「ラケット少年団」は、バドミントンというマイナーな競技に挑む中学生たちを描いている。韓国にも日本のような部活動はなく、制度的には「学校運動部」と呼ばれる活動への参加は任意であり、どちらかというと競技スポーツのエリート養成の要素が強いようだ。

 主人公の少年がソウルの中学校で所属していた野球部は、かなり高額な部費や合宿参加費を要していたし、田舎の中学校のバドミントン部も予算面で苦しい状況にある。その半面、そこでの活躍が韓国代表選手やプロ選手になる道に直結しているという意味では、日本の一般的部活動と比べればハイレベルであり、中学校であっても元有力選手が指導に当たっている。

 話の主軸はスポーツドラマだ。主人公の少年が田舎に転校し、野球からバドミントンへ競技を変えざるを得なくなったところから始まり、弱小チームを少しずつ強くしていき国家代表選出レベルの試合に挑んでいくようになる。出演者たちの腕前がみごとで迫力ある試合シーンになっているし、実際に08年の北京五輪で金メダルを獲得したスター選手イ・ヨンデが出演もする。練習や試合の場面だけでも、十分に魅力的だ。

Netflixシリーズ『ラケット少年団』独占配信中

 でも、それだけで終わらないのが韓国ドラマ。

 さまざまな要素が、てんこ盛りに詰め込まれている。まずホームドラマだ。少年の父、妹のシングルファーザー家庭かと思いきや、実は母が女子中学校の敏腕コーチとして登場し、四人の家族関係が面白く展開される。それに加え、寮の改修で家に男女選手たちを預かることになるから、大家族のような暮らしも見ることができるのだ。

 貧困などの社会問題も、しっかり押さえられている。「少年団」のコーチである父は、友人の借金の保証人になったために生活苦に陥り苦心する。少年は少年で、野球部にかかる費用のことを父に隠して不遇に耐えようとする。それでも、貧しいけれど楽しい我が家であり、貧しいけれど楽しいバドミントンであり、金や地位を利用して権勢をふるおうとする俗物の大人たちとの対比で貧しい側の心意気が示されるのもうれしい。

 それより何より重要なのは、都会と田舎の格差や対比という部分だ。少年一家は生活を保つためにソウルから「地の果て」と言われる海南へと引っ越す。朝鮮半島の南西端、日本の本州なら下北半島か紀伊半島の突端みたいな辺鄙なところだ。コンビニもないし、Wi-Fiも不自由、どうかすると熊が出る。地方の町や村が滅びるかもしれない状態にあるのは日本も同じだが、韓国はこちら以上の首都圏一極集中だから、格差の度合も激しい。

 ただ、韓国でも地方移住の動きはあるようで、移住者と地元民の軋轢や気持のズレがあったり、反対に心の通じ合いも描かれたりする。また、ゴルフ場建設をめぐる陰謀騒ぎも、いかにも田舎町らしい。そんな中、田舎の人々の素朴で人情味豊かな生活ぶりが、温かい視線で提示される。これからの時代の、都会と田舎の共生の在り方が見える気がする。

Netflixシリーズ『ラケット少年団』独占配信中

 ほのぼのした物語を支えるのは、なによりバドミントンに打ち込む少年少女に扮する子役や若手俳優たちの明るくひたむきなキャラクターだ。一方で、大人側の代表になる誠実で懸命なコーチを演じるキム・サンギョンは、日本でも人気のホン・サンス監督の映画で度々とぼけたロマンスの主役となっているほか、『殺人の追憶』(2003年)、『悪魔は誰だ』(2013年)、『一級機密』(2017年)などでの刑事役、軍人役が印象的な役者ながら、ここでは三枚目風のオヤジになりきっているのも楽しい。

予告編

今回ご紹介した作品

ラケット少年団

Netflixで独占配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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