寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ナビレラ -それでも蝶は舞う-

2022/06/15公開

バレリーノを目指す70歳と23歳の不思議な絆を描く、異世代交流譚

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 韓国映画やドラマのファンなら、映画『怪しい彼女』(2014年)をご覧になった方は多いだろう。大ヒットした傑作コメディで、中国、ベトナムで翌年すぐさまリメイクされ、日本でも『あやしい彼女』(2016年)として多部未華子主演で作られているのだから。韓国版主演のシム・ウンギョンは、今や『新聞記者』(2019年)などで日本映画界でも活躍している。

 ストーリーは、70歳の老婆が謎の写真館でのポートレート撮影をきっかけに20歳に変貌し、若さを謳歌し大活躍するという奇抜な発想がポイントとなっている。だが、この映画に全アジア的な幅広い共感が寄せられたのは、高齢化社会を背景に、老いの寂しさを感じている世代へ向けてのファンタジー要素ゆえだろう。

 そんな「魔法」物語でなく、現実に若さを取り戻そうとするのが、このドラマの主人公である。こちらも70歳。ただ、今度は男性だ。古稀の祝いを迎える老人が、子どもの頃からの夢だったクラシックバレエに取り組む。演じるパク・イナンは、『怪しい彼女』ではヒロインとの少年少女期からの馴染みで、ラスト、例の写真館の霊験により青年時代に戻る爺さんだった。そして若返る前の老婆に扮していたナ・ムニが主人公の妻という配役ゆえ、どうしても『怪しい彼女』の裏版に見えてしまう。

 でも、他力で突然若くなるのではなく、自ら一念発起して「七十の手習い」に挑む主人公は、そのぶんカッコイイ。しかも、男のくせに…と親に手ひどく反対され、生活に追われる中諦めてしまった夢を、今こそ実現しようというのだ。大企業幹部の長男から年寄りの冷や水とばかり顰蹙を買い、やめるよう強く勧告されたとき、それまで自分も反対していたにもかかわらず妻が息子を叱って夫を擁護するのもうれしい。

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 そうはいっても、バレエの舞台デビューへの道は簡単なものではない。高齢者向けの愛好会程度にしなさいと断られ続けた末に、やっと本格的教室への入門を許されたものの、指導役は彼自身さまざまな点で悩める状態にある若きダンサーだ。自分のことで精一杯なのに…と不満を露わにする。バレエを教わる代わりに彼のマネージャーを命じられた主人公と、五十歳近く年の離れた孫のような青年との「異世代交流」は山あり谷ありだ。

Netflixシリーズ『ナビレラ -それでも蝶は舞う-』独占配信中

 わたしが主人公にどうしても肩入れしてしまうのは、自分も古稀を目前にしているからに違いない。六十代初めだった『怪しい彼女』のときは、まだ他人事だった老いが、最近めっきり身近なものになってきている。主人公がバレエ習得のために行う基礎訓練ひとつ取っても、わたしには到底無理だ。

 しかも、われわれ日本の年寄りに比べ、韓国の老後生活はかなり厳しいらしい。主人公は郵便配達人という公務員だったので60歳定年だろうが、民間だと55歳定年の会社も多いという。高齢者の貧困が社会問題になっており、七十代になっても働かざるを得ない境遇の人もいる。原因は、公的年金制度が十分確立されていないためだとも聞く。幸いにして主人公はそうではないにしろ、その友人たちが苦労している様子は痛ましい。

 認知症も、高齢者にとっては恐怖の種である。実は、わたしが製作した映画『なん・なんだ』(現在全国各地で上映中)も認知症の問題を扱っており、これについて高齢観客の反応は大きい。このドラマでも、途中から主人公にその影が忍び寄って来る。後半の焦点は、果たして無事に舞台に立てるか、だ。認知症の描写は細やかで、若い方々にもこの病気の性質をよくご理解いただけると思う。

 ナビレラのナビは韓国語で蝶だそうだ。副題の「それでも蝶は舞う」に合わせ、「蝶のように」とでもいう意味が込められていると知った。そういえば、1960年代から70年代にかけてのヘビー級ボクシング世界王者モハメド・アリは「蝶のように舞い、蜂のように刺す」が看板文句だったっけ。

 主人公は、オーディションに合格した「白鳥の湖」の晴れ舞台で「蝶のように」舞うことができるのか? そして、指導役の若者は精神的迷いを克服して自らの素質を開花させることができるのか?

 韓国ドラマのサービス精神が生む、さまざまな傍筋もてんこ盛りだ。主人公夫婦の息子たち、娘、嫁、婿、孫、家族それぞれがひとりひとりの人生ストーリーを持っている。また、回想で示される韓国社会の過去は、一家の経済的貧しさと連動して歴史を感じさせる。同じ七十年の人生でも、日本のわたしたちは高度経済成長やバブルの恩恵を受け比較的豊かに暮らしてきたのに、主人公は朝鮮戦争の戦火の下に生まれ戦後の貧窮から脱するためにもがいてきたのだった…。

 そんなことまで考えさせる奥の深い物語なのである。

予告編

今回ご紹介した作品

ナビレラ -それでも蝶は舞う-

Netflixで独占配信中

情報は2022年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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