寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

D.P. -脱走兵追跡官-

2022/07/01公開

軍隊の不条理を描く「脱走兵を追う兵」の物語

Netflixシリーズ『D.P. -脱走兵追跡官-』独占配信中

 似通っている点が多い日韓の社会生活において、これだけは決定的に違うのが徴兵制の有無である。

 韓国の男性は、満18歳になると全員徴兵検査を受ける。不適格者以外は、満28歳の誕生日までに入隊し18ヶ月~21ヶ月間の兵役に就くことが義務とされている。韓国映画を見始めた頃、犯罪に巻き込まれた一般市民が犯人の銃を奪うや、それをみごとに操るのに驚き、そうか、韓国男性のほとんどは射撃訓練を受けているんだ、と合点したのを思い出す。

 徴兵者訓練所は昔ながらの兵営形式で、男ばかりの閉鎖社会。もちろん現在は女性軍人も珍しくはないものの、兵役に服する場はそうなっている。だとすれば、すぐに想起されるのが「いじめ」の存在だろう。旧日本軍の軍隊組織でも、その凄惨な実態は小説や映画の形でも語り継がれている通りだし、自衛隊内での「いじめ」自殺事件も報じられている。

Netflixシリーズ『D.P. -脱走兵追跡官-』独占配信中

 それに耐えきれず脱走する兵士が、次々出てくるのも無理はない。で、それを追いかけて連れ帰る「脱走兵追跡官(Deserter Pursuit=D.P.)」と呼ばれる専門職が必要になる。仕事の性格上、実態が知られていない集団らしいが、原作者で脚本にも加わっているキム・ボトンはその経験者だというから、ドラマで描かれることは決して絵空事ではなかろう。

 脱走兵を発見したら手錠をかけて身柄を確保し、連れ帰られた者は軍法会議で最高10年の刑に処せられるらしい。脱走兵が犯人、追跡官が刑事の役回りでスリルに満ちた追跡劇やアクション場面が繰り広げられるのだが…待てよ、どちらも同じ部隊の兵士じゃないか。「いじめ」に耐えられなかった者が脱走し、上官から見込まれた者が追跡官になる。そう、一見刑事ドラマみたいな作りでありながら、これは艱難辛苦の末に兵役を乗り切ろうとする新兵たちの間の物語なのである。

 犯人=悪、刑事=正義の単純な図式ではなく、追う側にも逃げる側の気持が痛いほど理解できたりするところが、話に厚みを増す。特に「いじめ」に関しては、新兵の誰もが古参兵からの洗礼に遭った共通体験であり、うまく立ち回って大過なく逃れた多数側と執拗で残酷な行為の被害を受け続けたために脱走に至った者たちに立場が分かれている。

Netflixシリーズ『D.P. -脱走兵追跡官-』独占配信中

 追跡官になった主人公は多数側であり、内心では脱走兵に同情してしまう。しかし、「いじめ」に苛まれた当事者からすれば、いじめた古参兵を憎むだけでなく、自分に救いの手を差し伸べてくれなかった同期入隊仲間が冷たい傍観者に見えてしまうのだ。このギャップは、任務で出動するエピソードを重ねるうちに鮮明となっていき、主人公を悩ませる。

 もちろん「いじめ」だけが扱われるわけではない。困窮した家族のために、やむにやまれず兵営を逃げ出し助けに行く話など、背景にある格差社会下の貧困状況が重くのしかかってきて切ないし、軍上層部の不正や事なかれ主義を描く部分は、組織の腐敗ぶりを暴いて鋭い。主人公自身、家庭内暴力もある貧困家庭に育っている。

 だが、全体を貫くテーマは、やはり「いじめ」の問題だ。時代設定が、現在(編集部注:本作の制作年は2021年)ではなく2014年になっているのも意味がある。この年には、入隊したばかりの20歳の兵士が組織ぐるみの集団暴行を受けて死亡した事件が発覚した上に、ひどい「いじめ」に遭い続けていた兵士が兵営内で銃を乱射し12名の同僚を死傷させるという重大な事件が起きている。

※(編集部注)このあと、本編の内容に触れる箇所があります。
 このドラマは、巧みに構成された物語の随所に、この問題をちりばめている。そもそも導入部からして、入隊前の主人公がアルバイト先で不当な扱いを受けるところから始まるのだ。「いじめ」が原因で脱走した兵士を追う第一話では、潜伏先でクラブのウェイターをしていた脱走兵がその職場でもいじめられ絶望して死を選ぶ。

 そしてクライマックスの第五話、第六話では、加害者や隠蔽しようとする当局はもちろん、傍観者の立場まで厳しく追及され、誰しもが「いじめ」から目を背けるわけにはいかなくなる。いや、学校における「いじめ」が深刻な問題になっているのは日韓共通だから、韓国人だけでなくわれわれ日本人にとっても避けては通れぬ問題なのだ。

 人間味あふれる人物描写、息もつかせぬストーリー展開で観る者を惹きつけながら、しっかりと重要なテーマを考えさせてくれる傑作ドラマである。

 なお結末、クレジットタイトルが流れ始めても、画面をオフにしてはいけません。その後出てくる追加のエピローグには、さらに奥深いものがありますから。

■追記 真っ直ぐな主人公を演じるチョン・ヘインを引き立てて名コンビぶりを見せるク・ギョファンが、北朝鮮大使館に派遣された工作員(!)役になる映画『モガディシュ 脱出までの14日間』、7月1日から全国公開されています。去年のアフガニスタン、今年のウクライナをふまえ、これも是非お薦めしたい一作です。

予告編(D.P. -脱走兵追跡官-)

予告編(モガディシュ 脱出までの14日間)

今回ご紹介した作品

D.P. -脱走兵追跡官-

Netflixで独占配信中

情報は2022年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ