寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

補佐官

2022/08/24公開

権力の頂点を目指す野心的な補佐官の熾烈な政治サバイバル。

Netflixシリーズ『補佐官』シーズン1~2独占配信中

「補佐官」というと、日本では首相や大臣の側近として助言に当たる重要なポストだ。ことに、長期にわたった安倍晋三政権で権勢をふるった和泉洋人補佐官は、菅義偉政権までの9年間近くその座に在り続け、内閣の中で支配的立場に君臨した。「文春砲」に女性高級官僚との「公務出張中不倫」を暴かれても、全く支配力に陰りがないほどだったのだから、どれほどの権力を握っていたかがわかる。

 この韓国ドラマの『補佐官』は、国会議員を補佐する職であり、日本でいえば政策秘書(正式名称は国会議員政策担当秘書)に近いのではないだろうか。他の秘書と違い、議員の政策判断や行動に深く関与する。ただ、「世界を動かす人々」はちょっと大げさか。「政治の世界を動かす人々」という意味なのかもしれない。

 とはいえ主人公は、補佐官で終わるつもりはなく、それを足場に国会議員となり、さらには「世界を動かす」野心を持っているのだろう。第1話冒頭の国会議事堂を鳥瞰する空撮ショットからして、スケールの大きさを感じさせる。

 物語の方も、いきなり与党「大韓党」党内の要職「院内総務」選出をめぐる抗争だ。自分が仕える大物議員を、不利な状況から救う鮮やかな手際を見せる主人公は、エリート警察官だった経歴を持つから機敏にして勇猛果敢、検察庁に乗り込んで検事をやりこめる場面など、まるで刑事ドラマのヒーローのようにカッコイイ。

 だが、政界は魑魅魍魎が渦巻く場だ。単純な正義感や個人の才覚がそのまま通用するところでないのは、どの国でも同じである。主人公のみならず、彼の周囲の心ある政治家、補佐官、議員秘書たちも、いろんな形で壁に阻まれていく。男女差別、年功序列、政治家と業者の癒着、内部告発者への弾圧… 議員が補佐官や秘書に罪をなすりつけるのも、われわれの国と同じだから、よくわかるだろう。

 人間関係も利害によって変転していく。敵対してきた者同士が、損得勘定で手を結ぶのなど日常茶飯事だ。誰が正義で誰が悪? 誰が味方で誰が敵? 観ていて、主人公ですら、本当に正しい人間なのかどうか疑いたくなってしまう局面も出てくる。徹頭徹尾純粋なのは、インターンで秘書業務を体験中の若者くらいなものだ。

 しかし、だからこそ、単純な勧善懲悪ドラマと違ってスリリングで面白い。面従腹背、集合離散、権謀術数、弱肉強食、そして裏切り、陰謀、陥穽… 日本でも国会の内幕を真っ向から描くこんなリアルな政治ドラマが作られれば、さぞやセンセーショナルな話題になるだろうけれど、政権与党に忖度するようなことばかりしている我が国の放送局には期待できまい。たとえば安倍元首相の事件で明らかになった宗教と政治の癒着を扱うなんて、到底無理。やはり、政治をダイナミックなドラマや映画にできるのは韓国の方だ。

 アクの強い登場人物ばかりなので、韓国映画で長らくおなじみの俳優たちが遺憾なく存在感を発揮する。主人公を利用する大物議員には、後に大統領となるキム・デジュンの東京を舞台にした暗殺未遂事件を扱った日韓合作映画『KT』(2002年)でKCIAの凄味ある実行部隊指揮官だったキム・ガプス。補佐官から議員になった先輩に大ヒット作『王の男』(2005年)の王様チョン・ジニョン。女性議員に『甘い人生』(2005年)でのイ・ビョンホンの恋人役シン・ミナ。他にも、彼女の補佐官にイム・ウォニ、大物議員の地元担当補佐官にチョン・ウンイン、大物議員の政敵にキム・ホンパ、国会議員選挙への挑戦に失敗して家族を崩壊させた主人公の父にキム・ウンスと、顔を見たら思い当たるベテラン揃いだ。

 彼らが巧みに引き立ててくれてこそ、二枚目スターのイ・ジョンジェが演じる主人公の理想、現実、野心、使命感… それらがない交ぜになった複雑なキャラクターをくっきり浮かび上がらせてくれるのだ。「政治家は一筋の光になるべきで、光を照らすためには闇の中に入らねばならない」とする彼の信念は、世の中を良くするためには手段を選ばぬ清濁併せのむ生き方に繋がるわけだから、どうしても旗幟鮮明にはならないのである。

 そのため、結末は判然とせぬままシーズン2へと続いていく。主人公がどんな政治家になっていくのか、またドラマの中の韓国政界がどう動いていくのか、気になるではないか。

 折しも、日本では参議院選挙や安倍元首相死去の結果、「大韓党」ならぬ自民党の進む方向が注目されている。一方韓国でも、支持率低下に直面するユン・ソンニョル大統領が少数与党状態の国会との関係をどうするかが問われる。政治について改めて考えるためにも、今こそ観てほしいドラマだ。

今回ご紹介した作品

補佐官

Netflixにて独占配信中

情報は2022年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ