寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ナルコの神

2022/10/26公開

ハ・ジョンウ×ファン・ジョンミン。実話をもとにした極上クライムサスペンス

Netflixシリーズ「ナルコの神」独占配信中

 かたやハ・ジョンウ、こなたファン・ジョンミン。二大スターが敵同士として激突するのだから、なんとも贅沢なキャスティングである。

 低予算の自主映画ながら韓国軍における兵役の暗部を告発した問題作『許されざるもの』(2005年)で新人賞を取り注目されたハ・ジョンウは、『チェイサー』(2007年)、『国家代表』(2009年)、『ベルリンファイル』(2013年)、『1987 ある闘いの真実』(2017年)、そして『神と共に』二部作(2017・2018年)と、ヒット作を積み重ねて大スターの座に就いた。

 同性愛をテーマにした野心作『ロード・ムービー』(2002年)で新人賞を獲得したファン・ジョンミンは、純愛映画の名作『ユア・マイ・サンシャイン』(2005年)で地位を確立し、日本映画のリメイク『黒い家』(2007年)で初単独主演以来多くの主演作を経て、『国際市場で逢いましょう』(2014年)、『ベテラン』(2015年)と大ヒットを連発して国民的俳優となる。近作『人質』(2021年)は、韓国のトップスターであるファン・ジョンミンが拉致監禁される物語を自ら演じて話題を呼んだ。

 この両者初の共演が、なんといってもこのドラマの売り物である。また、『許されざるもの』で26歳にして長編映画デビューしたユン・ジョンビン監督は、ハ・ジョンウと大学同窓で同年齢だ。第2作『ビースティ・ボーイズ』(2008年)、第3作『悪いやつら』(2011年)、第4作『群盗 民乱の時代』(2014年)でも組んだ末、第5作『工作 黒金星と呼ばれた男』(2018年)ではファン・ジョンミン主演で監督賞に輝いている。両スターの気心をよく知る監督とのトリオで、息の合った現場だったろうことは想像に難くない。

 それにしても、スケールの大きな話である。始まりは、主人公が生まれ、父親がおそらく金のために志願してベトナム戦争に従軍した1968年だ。復員した父親が、足の怪我だけでなく暗い何かを抱えているように見えてしまうのは、アメリカに引っぱられてこの戦争に派遣された韓国軍が虐殺や略奪を行ったことが近年明らかになってきているからだろう。たぶん、その後遺症であるPTSDもあってまともに働けない父の下、一家の暮らしは貧しい。

 主人公は学費免除と食べ物給付ゆえに柔道を習うし、母は早世、住まいは『パラサイト 半地下の家族』で世界的に知られるようになった半地下住居である。今年の台風で水死者まで出したこの劣悪な住環境から抜け出すために、彼はなりふり構わず働いて稼ぐ。それはまさしく、88年のソウル五輪へ向けて経済成長していく韓国の歴史と重なっているのだ。

 主人公も、その波に乗って極貧生活を脱し、結婚して共働きで弟妹を育て上げ、自分の子どもを持ち、やがて半地下から団地暮らしへと成り上がった。このあたり、それより20年ほど前の高度経済成長期の日本とよく似ているのだが、日本の若い夫婦がそれで満足せず次にはマイホーム願望を持ったように、もっといい生活を、となる。子どもに高学歴を、と欲も出る。しかし、ホワイトカラーと違いブルーカラーがさらに階層を上げるのは容易ではない。

 そこへ、旧友からの誘いだ。韓国で人気の魚・エイが南米でブラジルの北に位置する小国スリナムでは誰も食わない廃棄魚なので、輸入すれば大儲けなのだと…。たしかにアンモニア臭がきついので敬遠される(実は、わたしは彼の地で勧められて食べたら悪くない味と思った)が韓国人は常食する。たしか、主人公の亡父の祭壇にも捧げられていた。

 そんな聞いたこともない国へ赴くなんて日本人なら二の足を踏むだろうが、進取の気性に富む韓国の男は、妻の反対も押し切って未知の南米での全財産を賭けた事業に臨むのだから大したものだ。原題(韓国でのタイトル)は、ずばり『スリナム』。エイを取引するベンチャー産業が誕生する。

 ところが、話はここから急転回するのである。『ナルコの神』のナルコとは、ナルコティック=麻薬なのだそうだ。普通なら「麻薬王」とでも言うところ、ここで「麻薬の神」なのは、ファン・ジョンミン演じる麻薬組織の黒幕が神父という羊の皮をかぶった狼だかららしい。

Netflixシリーズ「ナルコの神」独占配信中

 韓国人が地球の裏側の国の麻薬取引全体を操る<神>? 荒唐無稽な設定に思えるかもしれないが、これには実在のモデルがいると聞くと、韓国男の「進取の気性」には改めて驚かされる。

 で、陥れられ全てを失い刑務所にまで入れられた主人公は、このとんでもない<神>に闘いを挑むことで活路を見出そうと決意する。これに、<神>を検挙しようとする韓国国家情報院、スリナムの国家権力、さらには中国人マフィアまで絡んで、さあ、ここからは壮大な抗争が繰り広げられていく。

Netflixシリーズ「ナルコの神」独占配信中

 韓国ドラマならではの徹底したサービス精神で、クオリティの高いみごとなアクションシーンや緊迫した心理的駆け引き描写が、息もつかせない。もうこうなっては、あれこれ難しい理屈は必要ないだろう。縷々述べてきたさまざまな背景を頭に置いた上で、あふれんばかりの娯楽性を存分に楽しんでほしいと願うばかりだ。

予告編

今回ご紹介した作品

ナルコの神

Netflixで独占配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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