寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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シスターズ

2022/12/05公開

三姉妹を巡るミステリーと「ベトナムの幽霊」

 我が国でも有名なアメリカの小説「若草物語」(1869年 L・M・オルコット)が原作という触れ込みで、「新・若草物語」を謳ってもいる。だが、メグ、ジョー、ベス、エイミーの四姉妹物語のはずが、インジュ、インギョン、イネの三姉妹しかいないのが、そもそも謎めいた幕開けだ。後にもう一人の姉妹の存在が明かされる(敢えてここには真相を書かない)構成からして、ミステリー仕立てになっている。

 そのあたりからして、児童文学でもあり同時に家庭小説、少女小説、青春小説、教養小説と規定される原作とは、かなりニュアンスが違う。いや、金銭をめぐるなまなましい争いがあったり、「青い蘭」というドラッグめいた妖しい植物が登場したり、連続殺人事件まで起きたりするのだから穏やかではない。「若草物語」韓国版を期待していると、とんでもない展開に驚かされてしまうに違いなかろう。

 それほどに、十九世紀半ばの古き良きアメリカと、二十一世紀の世知辛い新自由主義社会とでは状況が違っている。毎回冒頭に出てくるアニメの導入部も、毒気のある色彩と画像で若草の香りなど皆無。「半地下」でこそないものの、韓国映画によく出てくる急坂で住みづらい貧困層居住地のみすぼらしい家に住む三姉妹は、少女時代誕生日のケーキの代わりにゆで卵に蝋燭を立てて祝うとか、塩で歯を磨くとかの貧困生活を経験してきた。

 長女が建設会社の経理担当、次女がテレビ局記者として働く現在では、芸術専門高校で学ぶ妹の誕生日にケーキを買ってやれるようになってはいるが、建て付けの悪い窓はスムーズに開閉できないし、給湯がロクにできない水廻りで朝の洗髪も容易じゃない住環境にいる。その上、母親ときたら姉妹が末っ子のために蓄えた修学旅行費を持ち出して海外へ出奔してしまう有様だ。常に金の心配をしなければならない彼女たちにとってはアイスチョコバーだって「富の象徴」であり、気軽に買うのがためらわれる。

 そんな毎日を送る姉妹が、ひょんなきっかけで超富裕層と渡り合うことになっていく。ここからは、貧富の対比という図式が、物語の基盤を成す。<貧>が善、<富>が悪となるのは当然の趨勢だから、勧善懲悪の構図も出来上がる。そうなれば、韓国ドラマの得意とするところ。スリルとサスペンスの連続だ。裏切りあり、どんでん返しあり、逆転あり… 最終回まで息もつかせず突っ走る。

 ただ、このドラマの背景にあるのは貧富の格差の問題だけではない。姉妹が直面するのは男性中心社会、門閥、財閥などの幾重にも張り巡らされた壁なのだ。また、敵対する富豪一家の主人は、市長選挙に立候補し、当選すればそこを足場に大統領の座を狙う壮大な野心を持っている弁護士であり、司法や政治の世界の力を使える立場でもある。姉妹の前には、韓国社会におけるさまざまな権力が、二重三重に立ちはだかる。

 それを次々突破していくからこそ、起伏に富む複雑な物語に最後まで付き合っていく甲斐があるというものだ。是非姉妹の活躍を見守ってほしい。

 と同時に、もうひとつの問題にも目を向けてもらえないだろうか。

 事件のカギでもある「青い蘭」は、劇中で「ベトナムの幽霊」とも呼ばれている。登場人物、特に年配の男性との因縁がありそうだ。そう、このドラマにはベトナム戦争が影を落としている。なにしろ、韓国はアメリカに追随してこの戦争に参戦していたのだ。1955年頃始まり75年まで約二十年間続いた戦いに、64年から73年にかけ韓国軍30万人が派兵され、約5千人の戦死者と約8千人の負傷者を出している。作中でも、昔ベトナムで戦った老人たちが当時の化学兵器「枯葉剤」の後遺症に苦しんでいる。

 学生運動や平和運動でベトナム戦争反対!を叫ぶ声は少なからずあったものの、戦争放棄の憲法下で直接の軍事行動とは全く無縁だった日本とは違い、韓国は深い戦争の傷跡を抱えているのである。しかも、9千人の民間人を殺害したとされる韓国軍の戦争犯罪は、無差別機銃掃射や大量殺戮、ベトナム人女性に対する強姦、殺害、家屋への放火など多岐にわたる。その心の痛みは、中国大陸や東南アジアで旧日本軍が行ったことに向き合わざるを得ないわたしたちの感覚と似ているのだろう。

 映画でも、『ホワイト・バッジ』(1992年)、『ラブストーリー』(2004年)、『あなたは遠いところに』(2008年)、『情愛中毒』(2014年)、『国際市場で逢いましょう』(2014年)などで従軍の事実が描かれてきた。また、戦争犯罪を追及するドキュメンタリーとしては、韓国人女性監督イギル・ボラによる『記憶の戦争』(2018年)が昨年日本でも公開されている。いや、当のこのドラマも、直接には扱っていないにしろ、ベトナム戦争で得た経済発展に関する登場人物の論及が、ベトナム政府当局から抗議を受ける羽目になったという。

 ドラマの楽しさとは別に、ここをきちんと押さえておくのは、わたしたちの国が過去に犯した歴史上の過ちについて考えるためにも欠かせないと思う。

今回ご紹介した作品

シスターズ

Netflixにて独占配信中

情報は2022年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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