寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ライブ ―君こそが生きる理由―

2023/01/30公開

警察官を目指す若者の夢と現実をリアルに描く

©STUDIO DRAGON CORPORATION

 各話を通してイントロに使われているのは、朝起きて通勤電車に乗り…日本とも似た日常的出勤風景だ。しかし、職場に着きユニフォームへ着替えるところで、主人公たちの従事する特別な業務が明らかにされる。そう、これは警察官たちの仕事や人生を扱う物語なのである。

 とはいえ主人公たちは、なかなか第一線デビューするに至らない。それは、彼らがこの職を選ぶようになるまでの過程を丹念に描いていくからだ。題名の意味は、警察内部の実態をまるでナマのライブのように生々しく伝えたいとの思いを込めているとのことだが、そのためには、普通の若者がどうして警察官を目指したのかというところから説き明かす必要があると考えたからだろう。

 話の始まりは2014年。韓国経済が低迷し、低成長、低物価、低投資、低金利の「4低」と呼ばれていた頃だ。大学生にとっては就職難が最大の悩みになっていた。寝る間も惜しんでアルバイトに励み家計を助けてきたヒロインは、女性差別、学歴差別に遭いながらも、なんとか正社員になろうと就職活動に奔走する。しかし、地方大学出身の彼女が首都ソウルの企業に採用される道筋は絶望的なまでに厳しいものがある。

©STUDIO DRAGON CORPORATION

 一方、ソウル育ちの男子の方は、うまいことインターンで成長企業に入り込み、正社員になれるつもりでブラック労働に耐えるだけでなく、会社が求める投資話にも乗って親兄弟に泣きつき金策に奔走する。なのにこれが「成長」どころか詐欺を働くインチキ企業だったのだ。目論見が外れてどん底状況へ突き落とされる。

 日本でも就職ハラスメントや騙されてコロナ補助金詐欺などの違法行為の片棒を担がされる学生がいる昨今だから、二人の陥っている苦境はわれわれにもよくわかる。韓国では2010年代初頭に、若者たちが恋愛、結婚、出産を諦め放棄させられる「3放世代」と称され、それに就職、住居、人間関係、希望が次々と加わり「7放世代」にまでなってきているという。

 こちらで言う「親ガチャ」に恵まれず財産も有力なコネもない彼らが正規雇用にありつく方途は、公務員である警察官それも最下級の巡警(日本だと巡査)任用試験しかない。上級職である警査(巡査部長)や警衛(警部補)に即起用されるには、専門の大学教育や資格が必要なのだ。ただ巡警試験は、あくまで実力本位なので頑張れば誰でも合格できる。

 ドラマ内では、難関に挑む者たちの並外れた努力がライブ感に満ちた描写で示される。ヒロインは費用をなんとか工面して試験対策塾へ通い、男子の方は自宅に籠もって、それぞれガリ勉に励む。生活や今後の人生が懸かっているだけに、半端なものではない。ここがちゃんと押さえられているから、合格した彼らが警察学校で苛酷な育成課程を経た上で現場へ出て一人前になっていく成長ぶりにもリアリティが出る。

 彼らが配属先で事件に直面し、いわゆる警察ドラマになっていくのはエピソード3あたりからになる。その後の展開が重みのあるものになっているのは、主人公たちが最初から新米警官として登場するありきたりの構成との違いを見せつけるかのようだ。

©STUDIO DRAGON CORPORATION

 犯罪多発地帯の警察署が舞台ゆえ、性犯罪、家庭内暴力、児童虐待、外国人問題につながる売春組織、少年犯罪、犯行予告、無差別通り魔といった深刻な事件が次々と起きる。それだけではない。議員、富裕層など特権階級に対しての手加減、警察組織の天下り再就職、警察官の待遇の苛酷さといった組織構造上の問題も赤裸々に取り扱われていく。

 それらに対処し、悩み、時として苦しむこともある主人公たちの試行錯誤が、観ているわれわれの胸にも迫ってくるのは、やはり、彼らの就職活動期以来の紆余曲折をこちらが知っているからに違いない。ここが、凡百の警察ドラマとは異なる良さだ。犯罪だけでなく、はっきりと<人間>を描いているのである。

 中央警察学校での4ヶ月の基礎教育で経験した、市民によるデモや集会の警備対応だって主人公たち新任警察官には複雑な感情を抱かせる。韓国の市民運動は長い歴史を持ち、大統領を失脚させるほどの威力を持つ。採用前までは自分も市民だった新人たちにとっては心揺らぐところでもある。ましてや、先日のソウル梨泰院雑踏事故では、集会警備に人員が投入されていたために現場担当警察官が手薄だったという指摘もあったばかりだ。

 そして、幾多の人気ドラマを手がけてきた女性脚本家ノ・ヒギョンの作品だけに、ヒロインの眼を通して韓国社会における女性の地位について多くが語られ、問題提起されているのも見逃せない。また、ヒロインを演じているのは、日韓両国で話題となった小説「82年生まれ、キム・ジヨン」の映画化『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019年)のキム・ジヨン役で多数の女優演技賞に輝いたチョン・ユミだ。

 否が応でも、男性を含め観る者誰しもがそれに対して向き合わざるを得まい。今やこれは、日本社会でも非常に重要な意味を持つ問いではないか。

 その点でも「ライブ」は、ただの警察ドラマではないのである。

予告編

今回ご紹介した作品

ライブ ―君こそが生きる理由―

DVD
好評発売中
DVD-BOX1&2 15,000円(税抜)
発売元:博報堂DYミュージック&ピクチャーズ/クロックワークス
販売元:TCエンタテインメント
配信
以下の配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Netflix/Hulu/U-NEXT/dtv

情報は2023年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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