寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ブラックドッグ~新米教師コ・ハヌル~

2023/02/17公開

非正規女性教諭の葛藤と成長を描く人間ドラマ

「新米教師コ・ハヌル」と副題があるから学園ドラマとわかるけれど、タイトルの「ブラックドッグ」には戸惑ってしまう。西洋の伝承で不吉とされる黒犬が他の犬と扱いに差があるところから生まれた「ブラックドッグ・シンドローム」という言葉が元になっているらしい。回想で、幼いヒロインが買って欲しいと思った黒犬を父親が白犬に替えた話が出てくる。

 見た目によって同等のものでも意識的に区別して考えてしまう、つまりそれを「差別」と呼ぶわけだが、このドラマには、これが底流に存在すると暗示されているわけだ。ヒロインは、競争率の高い教員採用試験に失敗し、任期1年の臨時採用教員として働いている。教員の仕事に人気が高い韓国では、花形職業である正規教員との間に格差があるのは否めない。

 単なる新米教師でなく、臨時採用なのが彼女の立場をさらに弱いものにしている。しかも、叔父である教務部長の縁故で採用されたのではないかとのデマがネットに流れ、そのことで周囲の冷たい眼に晒される。ただでさえ緊張を強いられる初めての職場なのに、果たして一人前の教師になっていけるのか…。ここが物語の肝だろう。

 なにしろ彼女の勤務先は私立高校だ。日本以上に受験競争が加熱している韓国では、大学受験の合否結果が学校の価値を左右する。私立だと、経営上の死活問題にもなりかねない。ヒロインは校務分掌として進学部へ配属され、授業以外に受験対策が任務となるので、話は受験ドラマの様相をも呈してくる。

 韓国の大学入試といえば、毎年11月の第3木曜日に実施される「大学修学能力試験」が有名だ。1月中旬の週末に実施される我が国の大学入試センターによる試験と同じく、大学を志望するほとんど全ての高校3年生と浪人生が受験する。わたしも、韓国へ仕事で行った折、試験当日に遭遇したことがあるが、その日韓国全土に漂う緊張感は日本の比ではない。

 受験生への影響を配慮して朝のラッシュアワーを緩和する目的で企業の出勤時間が遅らされ、公共交通機関は臨時増便となる。その上、試験に遅れそうになる者がいると、パトカー、白バイ、救急車まで使って緊急輸送してくれるのだ。離島の受験生を軍のヘリコプターが受験会場に運んだりもするらしい。英語ヒアリング試験が実施される時間帯は、会場周辺ではバス、電車の徐行運転、飛行機の離着陸の調整、工事の中断などで騒音が規制される。

 ドラマでも、携帯電話持ち込み防止の金属探知機が用意されたり、試験官の靴音や香水、咳払いに受験生のクレームがつく描写があったりする。ただ、近年は多様な入試が導入された結果、「この1日で運命が決まる!」といった張り詰めた空気は和らいできていると聞く。一発勝負の入試から、長い目で見た評価による選抜への移行が進んでいるためだ。

 日本でも、大学側が入学時に求めている学生像(アドミッション・ポリシー)を基準に合否を決めるAO(アドミッションズ・オフィス)入試が急速に広がってきているが、それは韓国も同じようだ。ドラマにも出てくる「入学査定官(アドミッション・オフィサー)」制度は、08年入試から導入された。各大学に、高等学校教育課程や大学の学生選抜方法等に関する専門家である査定官が配置されている。

 この制度により、学校生活記録簿、自己紹介書、教師推薦書、面接を材料に、査定官が受験生の成績、実力、個人環境、潜在力などを総合的に判断して合否を判定する「学生簿総合選考(学総)」が行われる。特に難関大学では学総が多用され、ドラマ中では「韓国大学」になっている最難関のソウル大学では、入学定員の75%以上がこの方法で選ばれるというほどだ。ヒロインたち教員も、主として学総の対応に追われる。

 日本も韓国も、第二次世界大戦後アメリカの影響で小学校6年、中学校3年、高校3年、大学4年の6・3・3・4制を基本とするなど、学校制度が似通っているだけでなく、校舎の構造や、校長、教頭の存在など共通点が多い。韓国映画やドラマに出てくる学校風景や学校文化を、われわれもすんなり受け容れることができる。試験に臨む高校生たちやそれを見守る教師たちの気持ちに共感し、すっかり感情移入してしまう。

【そういえば、逆の形では、日本の高校に留学しに来た韓国の生徒が活躍する日本映画『リンダ リンダ リンダ』(2005年山下敦弘)があった。韓国の人気女優ペ・ドゥナ(『ほえる犬は噛まない』2000年、『子猫をお願い』2001年など)が、前田亜季や香椎由宇たちとバンドを組んで文化祭のステージに挑む快作だ。是非一見をお勧めしたい。】

 ただ、このドラマの主役は教師側だ。1年間奮闘したヒロインは、生徒たちの入試と同じ時期、正規採用のための試験に挑む。その結果は…。しかし、彼女の初出勤から見守り続けてきたわれわれ視聴者は、好結果であってほしいと願いながらも、何がなんでも正規教員に任用されなければならぬとまでは思わなくなっているのではないだろうか。

 韓国でも日本でも、正規か非正規か、ベテランか新米か、ではなく生徒の学びを成就させるのを助けるために自分なりに全力を尽くす教師こそ求められているのではあるまいか。そういう気持にさせてくれるドラマなのである。

今回ご紹介した作品

ブラックドッグ~新米教師コ・ハヌル~

以下の配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Netflix/U-NEXT/Hulu/ABEMA/dTV/ABEMA/TELASA/FOD

情報は2023年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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