寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ストーブリーグ

2023/03/15公開

最下位球団の新米GMがチーム再建に挑む。野球×ビジネスドラマ。

 日本では大谷翔平の参加で大変な盛り上がりとなった今回のWBC2023(第5回ワールド・ベースボール・クラシック)でも、日韓戦は白熱した。今やアジアの野球強国といえば、日本と韓国なのである。

 1846年にアメリカで始まった野球は、早くも36年後の1872年には日本に伝わり今日に至るまで最もメジャーな競技の地位を占めてきた。一方、韓国には1905年にアメリカの宣教師がYMCA野球団を作り普及させた。

 この時期の韓国野球を扱った映画が、『爆裂!野球団(原題・YMCA野球団)』(2002年/キム・ヒョンソク監督)である。ソン・ガンホ演じる主人公は、既にその頃野球が大人気だった日本しかも日本軍のチームに挑むのだ。鈴木一真、伊武雅刀と日本人俳優も出演しており、韓国併合の少し前、第二次日韓協約(韓国側は乙巳(ウルサ)条約と呼ぶ)によって日本による支配が実質的に進みつつある時代を背景にした本格的な歴史ものでもある。

 WBC2023の日韓戦は、そこから繋がっている両国対戦史の一頁だった。
 今、グラウンドに居るのは双方共にプロ選手、しかも韓国には2人、日本には4人のメジャー・リーガーを含んでいる。1934年にプロ球団が発足し、36年からプロ野球リーグ戦が始まった日本から半世紀近く遅れて韓国KBOリーグができたにもかかわらず、水準にさほどの差がないのは、韓国の野球熱の高さを感じさせると言えよう。

 たしかに両国間の過去の歴史にはいろいろの問題が存在し、政府同士のギクシャクした関係が続く中、先日ユン・ソンニョル大統領が表明した和解提案に対しても、日本側の反応は素直に歓迎ではなく警戒感を隠さない。でも、野球での交流は40年前のKBO誕生期から始まっている。福士明夫、新浦壽夫、入来智、高津臣吾、門倉健など日本球界で活躍した選手が韓国へ、韓国球界からはソン・ドンヨル、イ・スンヨプ、イム・チャンヨン、オ・スンファンなどが来て活躍した。いや、もっと遡れば、われわれ高齢世代には懐かしい1962年来日の韓国人選手・白仁天(ペク・インチョン 1942~ )がいる。KBOでも監督兼選手としてプレーし、日韓両方で首位打者のタイトルに輝いた。

 このドラマの冒頭でダイナミックに描写される試合場面では、日本と全く変わらない球場設備、環境やファンの応援ぶりに既視感を覚えるほどだ。マスコット人形やチアガール、応援グッズまで似通っている。4年連続最下位だという弱小球団ドリームズを見捨てず懸命の声援を送る観客たちには、50年前の学生時代、後に西武に身売りするまで万年下位のどん底状態だったライオンズの熱狂的ファンとして球場通いしていた自分を、つい重ね合わせてしまう。

 しかし、ドラマの主舞台は球場ではない。毎回のイントロで寸描される事務机、データ資料、パソコン… 会社風景とも見える球団運営のフロントスタッフの世界が物語の場なのである。したがって主人公は若きゼネラルマネージャー(GM)、ヒロインは運営チーム長、他の主要登場人物も監督や選手ではなく、広報、スカウト、マーケティング、戦力分析などの事務スタッフになる。

 題名も、寒いシーズンオフの期間に契約更改、選手トレード、新人補強などフロントが主体となっての活動を指す球界用語とあって、シーズン中の勝ち負けや成績、順位ではなく、それに繋がる後方業務の物語なのだ。となると、『半沢直樹』のようなビジネスドラマの色合いが出てくる。人事、商品開発、取引先とのやりとりなど、共通する部分は多いわけだから。

 つまり、野球ドラマとビジネスドラマの両方を楽しめるのだ。ヒロインが根っからの野球ファンなのに、主人公の方は野球の経験者ではなく、シルム(韓国独特の格闘技)、アイスホッケー、バスケットと畑違いの競技でGMとしてチームを優勝に導いた実績を持つという設定も対照的になっている。

 問題だらけの弱小球団を、どうやって立て直すか。邪魔をするのは、球団維持に全く熱意のない親会社やそこから送り込まれたやる気のないトップだ。さて、果たして主人公とヒロインは思いを遂げることができるのか…。このテーマが紆余曲折の数々に見舞われながら展開していく。最後には球団の売却問題になるほど話は大きくなるのだが、それまでに一つ一つの課題を片付けていく主人公たちの手腕が見ものである。

 その中に、女性の活躍、障害者の雇用、兵役逃れといった社会問題をちりばめ、飽きさせずぐいぐい物語を進めるのは、韓国ドラマならではの活力を感じさせる。残念ながら日本の野球映画やドラマは、こんな裏方たちの存在に目を向けてこなかったではないか。

■おすすめ映画
 『爆裂!野球団』の他に、『野球少女』(2019年/チェ・ユンテ監督)を是非ご覧いただきたい。こちらは、野球という競技に男子選手と互角に挑もうとする少女の物語だ。ドラマ『梨泰院クラス』(2020年)や映画『ベイビー・ブローカー』(2022年/是枝裕和監督)にも出ていたイ・ジュヨンが、偏見や差別に屈せず夢を諦めないヒロインを演じる。これまた、日本には作れなかった野球映画である。

今回ご紹介した作品

ストーブリーグ

以下の配信サービスで視聴できます。
Amazonプライムビデオ/Netflix/Paravi/Hulu/TELASA/FOD

情報は2023年3月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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