寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜

2023/04/20公開

チョン・ドヨンの魅力弾ける大人のラブコメ

 4月9日の共同通信は、「韓国学習塾エリアで薬物飲料 親を脅迫も、男女6人拘束」の見出しで、次のニュースを伝えた。
【韓国・ソウルの学習塾が集まる地区で「集中力向上」をうたった違法薬物入りの飲料を高校生らに飲ませた上、薬物服用を理由に親を脅す事件が発生し、教育熱心な韓国社会を震撼させている。】

 その手口は、塾通いの中高生に「集中力や記憶力を上げる飲料の試飲会」と称して違法薬物入り飲料を配り、購買意向調査のためと保護者の連絡先を聞き出して、後日、薬物使用を学校や警察へ通報すると脅し金銭を要求するのだという。

 このドラマや前々回ご紹介した『ブラックドッグ』が描く韓国社会の受験加熱ぶりが、現実のものであることを裏付けるナマナマしい話ではないか。第1話冒頭で混雑ぶりが紹介される学習塾が立ち並ぶカンナムの地域は、まさにここなのだ。

 イルタとは塾の花形人気講師のこと。一番を意味する「イル」、スタ=スターを略して「タ」を結びつけた略語にカンサ(講師)を付けたイルタカンサを、さらに略称化した業界用語のようなものらしい。日本にも、「いつやるか?今でしょ」のCMが話題となり今やテレビの売れっ子タレントになっている予備校人気講師がいるけれど、登場するイルタは「1兆の男」と呼ばれ、年間1兆ウォン(1千億円)の価値を稼ぎ出すというのだから桁違いだ。

 そのハンサムな若きイルタが、数々のスキャンダルに見舞われる。最初は、行き過ぎたファンである女子高生が一人住まいの住居の中にまで押しかけて来て、その場面を盗撮されたストーカー騒ぎだ。それが、次第に深刻な事件に巻き込まれていくようになる。しかも彼は、十分すぎるほどの名声や富を持ちながら、何かトラウマを抱えているらしく、激務もあって摂食障害や睡眠障害に苦しんでいる。

 悩み多きイルタの前に、運命のヒロインが現れた。失踪した姉から託された幼い姪を育て、自閉症スペクトラムの弟を守り、事故死した母の遺した総菜屋を守り続けて懸命に働く女性である。そのために、ハンドボール韓国代表の地位を捨てて「総菜屋のおばちゃん」に徹しているのだが、面倒見良く人間味あふれる実に魅力的な人だ。

 高校生になった姪が塾に通いたいのに厳しい家計状態を心配して言い出せないのを察知すると、無理してイルタが所属する名門塾へ入れ、塾に異常なまでに熱心で子の成績に一喜一憂する教育ママさんたちとも極力話を合わせようと努める。入塾前のひょんな一件で因縁があったイルタとの仲は、このあたりで本格的に始まり、恋愛ドラマらしく紆余曲折を重ねつつ進展していく。

 恋愛はコメディタッチで進む半面、スキャンダル関係は結構サスペンスを感じさせ、両面を楽しめるのも特徴である。また、イルタの方は相手が子持ちの人妻だと思い込んでいるために成り立たぬ恋と諦め気味だったり、生活に追われ恋愛と縁の薄かったヒロインは自制的だったりのズレがアクセントになっている。

 誰もが羨む華麗な立場のイルタと様々な困難を抱えるヒロインとは、よそ目には一見釣り合わないように思える。しかし、彼女の作る料理は絶品で、特に偏食のイルタにとっては欠かすことのできないほど口に合うので、彼にとっては自分と等価値に感じられる。当人同士には身分違いとの感覚がないのだ。それが気持良い。

 たしかに、塾の生徒たちの度を過ぎた争いや、そんなふうになってしまうよう我が子を追い詰める「教育虐待」めいた母親たちの暴走ぶり、受験にまつわるネットでの誹謗中傷など、日本を上回る超学歴社会に警鐘を鳴らす意図を感じさせるし、ヒロインの弟の病気に対する周囲の無理解を訴える社会派ドラマの要素もある。だが、主筋はあくまで二人の恋の物語なのだ。

 貧富の差とか、過去の忌まわしい記憶とか、家族の枷とかに左右されるのでなく、お互いの間だけの気持の変化に従って素直に距離を縮めていく恋愛描写こそ、このドラマの核心なのである。受験戦争問題も、スキャンダルを生む事件の数々も犯人捜しも、彩りとしての入れ事に感じられてしまう。

 最後に白状しておくのは、ヒロインを演じるチョン・ドヨンが、男優、女優を通じてわたしの最も好きな韓国俳優であることだ。
 初めて見たのは映画『我が心のオルガン』(1999年/イ・ヨンジェ監督)で、1960年代の田舎の小学校に赴任した青年教師(イ・ビョンホン)に幼い慕情を寄せる少女役だった。朝鮮戦争の影響で就学が遅れた17歳の小学生の純朴な感情をみごとに表現していたのが印象深い。

 そして、『初恋のアルバム ~人魚姫のいた島~』(2004年/パク・フンシク監督)と『ユア・マイ・サンシャイン』(2005年/パク・チンピョ監督)ですっかり参ってしまった。

 前者は、都会で育った娘が、小さな島の海女だった母の若き時代へタイムスリップし、村の郵便配達(パク・ヘイル)への初恋を実らせるよう尽力する話で、娘と若い頃の母の二役を演じている。後者は、田舎の農家のうぶな独身息子(ファン・ジョンミン)に惚れられたバツイチ風俗嬢が彼との愛を成就させる物語で、どちらも忘れられない名作である。この2作でチョン・ドヨンが演じた女性の純粋な心は、彼女たちの二十年後の姿を思わせる『イルタスキャンダル』のヒロインにも共通している。

 文化庁で日韓文化交流を担当していた第一次韓流ブームの頃、韓国メディアが集まる記者会見で、「韓国の女優で誰がお好きですか」との質問に、間髪入れずチョン・ドヨンの名を出したら記者たちがどよめいたのを今でも鮮明に憶えている。彼らは『冬のソナタ』のチェ・ジウか『宮廷女官チャングムの誓い』のイ・ヨンエとの答を予測していたのだろう。日本の役人がチョン・ドヨン?!と、記者諸兄姉の驚く顔に書いてあった。

今回ご紹介した作品

イルタ・スキャンダル 〜恋は特訓コースで〜

Netflixにて独占配信中

情報は2023年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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