地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
クイーンメーカー
2023/06/22公開
ソウル市長選を巡る究極の政治ショー
Netflixシリーズ「クイーンメーカー」独占配信中
タイトルは、いうまでもなく「キングメーカー」のもじりである。文字通り、キング=王様の擁立に動いた影の権力者を意味し、15世紀イギリスの貴族リチャード・ネヴィル伯爵をそう称したのが語源とされる。エドワード4世、ヘンリー6世を操ったとされ、シェイクスピアの戯曲「ヘンリー六世」では悪役扱いだ。
転じて現代の日本では、大統領や首相といった最高権力者を事実上決めることのできる政界の実力者が「キングメーカー」になる。代表的なのは、ロッキード事件で首相を退陣した後も、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘と三代の首相就任を差配し「闇将軍」と呼ばれた田中角栄である。
ただ、政党政治の歴史が長い日本と違って大統領制の上、真の民主主義の成立が大きく遅れた韓国では、映画『キングメーカー 大統領を作った男』(2022/ビョン・ソンヒョン監督)がそうであるように、権力者候補を当選させるために尽力する陰のスタッフを指すケースもある。ソル・ギョングが演じるキム・デジュン大統領をモデルにした政治家を支え、軍事独裁政権下でありながら、天才的な戦術を駆使して、民主派の彼の政治生命を守り抜く役割を果たした男をイ・ソンギュンが好演している。
ほぼ同時期に作られたこのドラマ『クイーンメーカー』も同様に、ソウル市長選挙の候補者陣営で選挙を仕切る女性がヒロインとなる。扮するキム・ヒエは、日本の大ヒットドラマ『101回目のプロポーズ』(1991年)をリメイクした韓国映画『101回目のプロポーズ』(1993年/オ・ソックン監督)の浅野温子に当たる役で主演デビューし、小樽ロケの主演映画『ユンヒへ』(2019年/イム・デヒョン監督)では、日韓の中年女性同士の切々たる友愛物語を見せてくれた。
Netflixシリーズ「クイーンメーカー」独占配信中
彼女に担がれる候補者役のムン・ソリは、韓国映画を代表する女優の一人だが、ここではヒロインの相手役。でも、この存在感は大きい。韓国映画史上に残る名作『ペパーミント・キャンディー』(2000年/イ・チャンドン監督)がデビュー作で、重度脳性マヒの女性を演じた第2作『オアシス』(2002年/イ・チャンドン監督)では新人賞と主演女優賞をほとんど総ナメにしている。両作でコンビを組んだソル・ギョングが大統領候補、ムン・ソリが市長候補というのも奇しき縁に思えるではないか。
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近作『三姉妹』(2021年/イ・スンウォン監督)でも年齢を重ねた味わいを発揮していたが、これも前記の『ユンヒへ』も昨年日本公開され、同年代の女性を中心に高い評価を得ている。それだけの力量を持つ両ベテラン女優が共演するだけでも、見ものと言っていい。政治がテーマであるだけでなく、イケメン男優が話題になりがちの韓国ドラマにあって年輩の女性をメインに据えた点でも、異彩を放つ作品なのである。
で、政治と女性の関係となると、これは韓国の方が日本よりはるかに進んでいる。なにしろ、日本の衆議院議員の女性比率が9.7%に対し韓国議会は約3倍の27.9%だし、世襲とはいえ女性大統領パク・クネも誕生している。いや世襲というなら、議員だと日本が3割から4割を占めているのに韓国は5%ほどでしかない。
女性が政治家を目指すとき、日本では男性と<世襲>の壁が立ちはだかるわけだが、韓国ではそれがないようだ。ここで描かれるソウル市長選挙でも、立候補予定者5人のうち女性が2人という構図だ。ヒロインが立候補を勧めたのは市民派女性弁護士なのだが、もう1人の女性は現職のスター議員で、この時点では彼女が最有力視されているのである。
さて、そこからはドラマに描かれる数々の泥仕合が始まる。選挙戦に付きものとはいえ、さすがにここまでえげつないのはフィクションゆえだろう。中でもリアルなのは、競争相手に立候補辞退を迫り脱落させて自陣営を有利にする戦略だ。ヒロインの陣営は、同じ女性同士で予備選挙を実施して一本化しようとするから、ひとまず正攻法なのだが、他陣営は人命まで懸かってしまうような陰謀を巡らせる。
結局、ヒロインたちの打倒すべき敵は、男性でも同じ女性でも政治家を志す者ではなく、金の力で社会を支配しようとする「財閥」と呼ばれる経済至上主義勢力なのである。だから最後は、財閥が擁立する当主の娘婿との対決になっていく。
このドラマは選挙戦の裏側を暴くのが狙いと覚しく、中傷合戦やスキャンダル捏造など相手陣営の足を掬う戦術の応酬になる。ヒロイン側も、結局はそうした手を使わざるを得ない。こんな展開になると、傷つくのは本人だけでなく家族も巻き込まれる。日本のような世襲だらけなら、先代からの支持者がガードしてくれたり、そもそも「家業」として政治家業を受け継いでいるだけに耐える力も備えていたりするだろう。しかし、普通の職業に就いていた候補者の場合は違う。その厳しい現実も、ここでは披瀝される。
民主主義政治の主役は有権者のはずなのに、候補者や選挙参謀を主役にしたドラマになってしまう裏には政治への無関心がある? いや、昨年の韓国大統領選挙の投票率は77.1%、直近の2020年国会議員選挙が66.2%もある。無関心どころか、政治への熱い視線があるからこそ、この題材のドラマが成立するのだろう。
21年衆議院選挙が55.93%、22年参議院選挙が52.05%という有様の我が国こそ、政治家のスキャンダル報道や人気取りパフォーマンスに騒ぐのでなく、誰が主役かを自問する必要に迫られているはずだ。
予告編
今回ご紹介した作品
クイーンメーカー
Netflixにて独占配信中
情報は2023年6月時点のものです。