寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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配達人 ~終末の救世主~

2023/07/25公開

終末世界のソウルを描くアクションドラマ

Netflixシリーズ『配達人 ~終末の救世主~』独占配信中

「線状降水帯」なる専門用語をすっかり定着させてしまった豪雨の連続に、人間の体温よりも高い気温を記録する酷暑… いったい地球はどうなっているのだろうと思わせる今夏の日本の異常気象を実際に体験していると、このドラマの設定もあながち奇想天外とは思えなくなる。

 約半世紀後の2071年の地球は、温暖化どころか、彗星の衝突を受けて陸地が海に沈んでしまったり砂漠化したりして人類の99%が消えている。砂漠と化した朝鮮半島では、わずかに生存する者たちも、深刻な大気汚染で酸素不足状態だ。酸素を配給されなければ生きて行けない状況にあって重要な役割を果たすのが、「配達人」なのである。

Netflixシリーズ『配達人 ~終末の救世主~』独占配信中

 人々の生命を預かるエッセンシャルワーカーという立場は、コロナ禍における医療従事者をすぐに想起させるが、実は配達業者もそうであったと気づくと、にわかに身近に感じられはしまいか。つまりこれは、エッセンシャルワーカーから見た非常時における社会や人間の在り方を描くドラマなのだと。

 原作は2016年に連載開始されたウェブ漫画とのことだが、すべての人が常にマスクを装着していなければならず素顔を晒していない点で、現在のわれわれはコロナを連想するし、ドラマの作り手側にもその意識はあっただろう。その意味で、極めてアクチュアルな感覚の物語になっている(そういえば最近の日本の少年漫画にも、こうした設定のものが少なからず見受けられるのは、「時代の気分」が終末世界=ディストピアを向いている表れなのかもしれない)。

 コロナ禍においても、政治家の的外れな政策や経済界の論理に振り回されるとか、無理解な第三者からの差別、誹謗中傷やサービスを提供する相手からの理不尽な対応に悩まされるとかの場面があっただろう。同じように、配達人である主人公はさまざまな問題に直面していく。

 財閥が悪役なのは韓国映画・ドラマの常だが、あからさまな財閥的存在が見えない日本でも富裕層への優遇が顕著になってきているから、共感できる要素が増える一方だ。ことに経済界や政界の世襲となると、今やこちらの方がひどいかもしれない。首相公邸での乱痴気忘年会には誰しも呆れただろう。

 現実のコロナワクチンの「陰謀説」をわたしは相手にしないものの、このドラマでの、「難民」と呼ばれる下層市民を殺そうとするワクチンを使った陰謀はさもありなんと思ってしまう。それほどに、上流階級がノブレス・オブリージュ(身分の高い者はそれに応じて果たさねばならぬ社会的責任と義務があるという道徳感)の自覚を失って久しい。入院できずにコロナで死ぬ庶民を尻目に大病院の特別室に入った政治家、緊急事態宣言下で皆が厳しい行動制限に従っていた時期に銀座で豪遊していた政治家がいたことを忘れてはなるまい。

「難民」は日韓両国語で同じ発音、同じ意味だが、ここで敢えて下層の同胞をそう称しているのは何らかの含意がありそうに思えて気になる。だが、それよりわれわれに痛烈なのは、ドラマの「難民」弾圧が、今の日本の平時でも本物の難民を排除している状態や市中における在日外国人へのレイシズム攻撃とオーバーラップしてくるところだ。

 …と、まあ、深く考えながら観るとこうした感想を持ってしまうわけだが、SF活劇として観ればそれはそれで十分に楽しめる。

 なんといっても、主人公の圧倒的カッコ良さだ。演じるキム・ウビンとは、私事だが今年1月に酒席を共にした。実は、わたしは日本びいきで知られる韓国映画の人気スター、チョ・インソンと彼が二十代の頃から十数年の付き合いがあり、お忍び来日のたびに痛飲している。今回、インソンくん(畏れ多くもそう呼んでいる・笑)が連れて来て弟分として紹介してくれたのがキム・ウビンだったのである。

Netflixシリーズ『配達人 ~終末の救世主~』独占配信中

 ことさら長幼の序を重んじるのが韓国男優の世界だから、その席で最年長のわたしに酒を注いでくれるなどすっかりお世話になってしまった。【ファンの皆さん、ごめんなさい。でも、礼儀正しく謙虚でありながらユーモアのある温かい人柄をご報告させていただきます。カッコ良いのは画面の中だけではありません。】

 悪役を演じるソン・スンホンは、韓国映画のベテラン二枚目俳優。ハリウッド製作の大ヒット映画『ゴースト ニューヨークの幻』(1990年)をリメイクした日本映画『ゴースト もういちど抱きしめたい』(2010年)では、松嶋菜々子の相手役としてダブル主演している。

Netflixシリーズ『配達人 ~終末の救世主~』独占配信中

 その韓国映画での主演2作目『ひとまず走れ』(2002年)の脚本、監督となり、26歳にして当時における国内最年少長編映画デビュー監督となったのが、このドラマの脚本、監督であるチョ・ウィソクだ。ソル・ギョング主演の『監視者たち』(2013年)、イ・ビョンホン主演の『MASTER/マスター』(2016年)でも脚本、監督を手がけただけに確かな腕前を発揮してくれている。

【このドラマに関わるお薦め映画は、悪を暴く女性軍人ソラ少佐を演じるイ・ソムが主役トリオの一人となる『サムジンカンパニー1995』(2020年)です。企業における女性社員の地位が今よりはるかに低かった1995年の韓国で、大企業「サムジン電子」に勤める高卒女子社員三人組が、ひょんなきっかけから会社の不正を暴くとともに自分たちの存在を認めさせる実話を基にした痛快社会派コメディ。「男女平等ランキング2023」がこれまでで最低の125位(韓国は105位)という有様の日本の女性に、せめて溜飲を下げていただけるのではないでしょうか。】

予告編

今回ご紹介した作品

配達人 ~終末の救世主~

Netflixにて独占配信中

情報は2023年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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