寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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D.P. ‐脱走兵追跡官‐シーズン2

2024/1/30公開

韓国の特殊な場での問題ではなく自分事と受け止めたい

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」シーズン1~2 独占配信中

昨年夏にご紹介した作品の続編である。

 前シリーズは、韓国軍の「脱走兵追跡官(Deserter Pursuit=D.P.)」という、これまでほとんど映画やドラマで取り上げられることのなかった存在を扱いヒットした。ただ、終わり方がいまひとつ完結した感じになっておらず、ここで終わってしまう気配がしなかっただけに、当然のシーズン2登場ともいえよう。わたしと同じく待望していたファンも多いのではなかろうか。

 ストーリーも、新たな展開から始まるのではなく、前シリーズ最終話の後日談で幕を開ける。悲惨な結果となった脱走兵追跡事案の後処理を通して、軍隊の隠蔽体質や事なかれ主義が改めて浮き彫りにされていく。それにもめげない主人公が、保身を図る上層部に抵抗し、自分の信じる正義を貫き通すことになるのは当然の成り行きだ。誠実にD.P.の職務に当たろうとする彼の健気な正義感は健在で、われわれは再び、峻烈なテーマながら、それを通して人間の在り方を考えさせてくれるこのドラマに惹き込まれるのだ。

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」シーズン1~2 独占配信中

 前シリーズは、主筋の脱走事件がやりきれない結末となって解決した後、やはり部隊内で日常的なイジメに遭っていた兵士が居住区で小銃を乱射するのがエピローグのような形で挿入されていた。あそこでは銃撃の瞬間だけが描かれていたのが、ここでは主人公たちの初動案件となってクローズアップされる。

 こうやって次々と起きる軍隊内のイジメは、まさに集団における構造的問題ということなのだろう。このドラマは、それが初めて韓国社会で白日の下にさらされた2014年に時代設定されているのだが果たして10年後の現在は根絶されているのか。

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」シーズン1~2 独占配信中

 少なくとも我が国では、まだまだである。なにしろ、子どものイジメ自殺すら止めることができない。わたしが製作して2020年に公開した映画『子どもたちをよろしく』(隅田靖監督)は、児童虐待や貧困と共にこの切実な危機を訴えて現在でも各地で自主上映されているものの、現実の方はちっとも解決されていない。

 そもそも自衛隊でのイジメ、セクハラ横行が、退職自衛官の五ノ井里奈さんの懸命の告発によって多くの国民の知るところとなったのは、つい最近、一昨年夏のことだ。彼女の勇敢な行動が防衛省の重い腰を上げさせ、大臣が発動する「特別防衛監察」で夥しい数の不祥事が発見されたのである。この事実は世論を動かし、昨年暮れ、五ノ井さんへの加害者を有罪とする判決が確定したのは記憶に新しい。

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」シーズン1~2 独占配信中

 ましてや、韓国で国民の義務として制度化されている兵役には、中途退職という逃げ道がない。集団全員が自由を制限され四六時中顔を突き合わせている状態など他に類はなく、そのストレスのひどさは経験したことのないわれわれの想像を絶する。しかしそれは、日常の中でも生ずる学校や会社でのイジメやハラスメントと地続きのものだから、決して無縁な話ではないのである。

 脱走兵の追い詰められた状況を知りつつ追跡に当たる主人公自身、彼らに同情する私的感情と与えられた任務との間で苦しむし、相棒である先輩は心を病んでしまう。それでも二人は、そこから逃避しようとはしない。目を背けるのでなく、現実を見つめて自分にできるだけの努力を誠実に積み重ねていく彼らに、七十代日本人のわたしも、背中を押される気がする。韓国の特殊な場での問題と客観視するのでなく、自分事と受け止めたい。

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」シーズン1~2 独占配信中

 しかも、前シリーズが始まった2021年と比べ、世界は格段に深刻な状態へ陥っている。2年前に始まったウクライナでの戦争が泥沼化状態なのに加え、昨秋からはパレスチナでの戦闘が毎日報道されて、嫌でも目に入ってくる。特に、戦闘に巻き込まれて命とか健康とか生活とかを失うウクライナやパレスチナの一般市民には誰しも心を痛めてしまうに違いない。彼らは被害者以外の何ものでもないから、当然のことだ。

 だが、一歩踏み込んで考えると、「加害者」になりかねない立場にある兵士たちの心情にも寄り添いたくなる。このドラマを観れば、兵役訓練中の韓国軍兵士一人一人が掛け替えのない人生を持っているのがわかるはずだ。その兵士たちだって、何かをきっかけに北朝鮮との休戦が崩れ戦争となれば、ロシア、ウクライナ、そしてイスラエルの軍人がそうしているように殺し合いの場に身を投じることになる。

Netflixシリーズ「D.P. -脱走兵追跡官-」シーズン1~2 独占配信中

 ロシアもウクライナもイスラエルも、韓国と同じく徴兵制を敷いている。となると、戦場で命を賭ける当事者たる兵士たちの気持にも思いを致してしまう。ゼレンスキーとかプーチンとか、ネタニヤフとかバイデンとか、この状況を作ってしまった為政者たちのもっともらしい言い分は聞き飽きた。市民の苦しみ、兵士の苦しみにこそ注意を払いたい。

 2023年から24年にかけて、現在の世界情勢の中で観る「D.P. ‐脱走追跡官‐」シーズン2は、前シリーズよりさらに深く、われわれの胸にズシリと重く響くのである。

今回ご紹介した作品

D.P. ‐脱走兵追跡官‐シーズン2

Netflixにて独占配信中

情報は2024年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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