寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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その年、私たちは

2024/5/24公開

日韓共通の社会問題を映し出す大人の恋愛ドラマ

 春から夏にかけては開放的な気分になる季節でもあり、若い男女の仲睦まじく闊歩する姿を見かける機会が多い。生涯の終盤に差し掛かっている七十過ぎのわたしからすると孫世代に当たる彼らを、幸せに結ばれるといいなあ、と微笑ましく眺めてしまうのは、これまでの人生をなんとか乗り切ってきた者の余裕なのかもしれない。

 ただ一方で、今こうやって幸せいっぱいの笑みを交わしているカップルがずっとそのまま添い遂げられる確率は低いという、残念な現実が頭をよぎるのも、また事実である。自分自身の体験だけでなく、周囲を見渡してもなかなか難しいのを知っているのだから仕方がない。

Netflixシリーズ『その年、私たちは』独占配信中

 このドラマの二人もそうだ。高校でクラスメイトだったのが、担任教師の友人がテレビ局のスタッフだったために学園生活を同時進行で追いかけるドキュメンタリーの取材対象となったのがきっかけで付き合うようになる。大学生になっても交際は続いてすっかり恋仲だったのだが、交際5年を経て突然破局の時を迎える。唐突に別れようと言い出す女の気持を男は全く理解できない。若気の至りというやつだ。女の方も、落ち着いて考え、きちんと話し合えばいいのに、つい独りよがりの行動に走ってしまう。

 だが、この物語は、そのまた5年先に新しい展開を用意してくれる。社会に出て二十代後半の職業人となっている二人は、多くの経験を重ねる中で一人前の大人になっていた。高校時代学年主席の優等生だった少女は、小さな広告代理店ながら会社を支える頼もしいリーダーとして企画に営業に飛び回っている。彼女とは対照的に成績最下層ながらマイペースで進んでいた少年は、絵の才能を発揮して人気画家となっているのに素性を隠して気楽に暮らしているのが、いかにも彼らしい。

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 再会後も紆余曲折はあるにしろ、成長した彼らなりの分別が、出直しハッピーエンドへと導いていく。映画と比べてドラマは長編にならざるを得ないがゆえに、超人気アイドルスターの存在が絡んでくるのをはじめ、いくつかの恋愛模様を交えたさまざまなエピソードが交錯するものの、大きな流れは、高校時代の出会いや大学時代の恋愛を後景に据えた上での大人同士の心の結びつきを確と描き出してみせるところにあるのだ。タイトル『その年、私たちは』は、高校生の「私たち」、大学生の「私たち」が、一旦別れた末に大人の「私たち」として結ばれ、さらに三十路を迎えたエピローグでは結婚して家族になる成長譚、すなわち恋愛ビルドゥングスロマンを意味しているのだろう。

 そして、全編を貫く重要な役割を果たすのがドキュメンタリーなのである。高校での初々しい思い出を見せる青春版が始まりなら、二人の元同級生のTVディレクターが撮るリメイク大人版を通して心が再接近していき、加えてドラマのエンディングとなる結婚報告版まであって、節目、節目で彼らのたどる道筋を彩ってくれる。この粋な組み立てが巧妙だ。

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 それと、改めて日本と韓国の社会が似ているのを意識させられる。女性であるのがハンデゆえに猛烈に頑張るヒロイン、そのさらに年下のZ世代の部下たちがオジサンである社長を煙たがって飲み会を断る光景、若いディレクターを慕う女性ADが仕事場であるスタジオで何日も泊まり込んだと当たり前のように口にする激務ぶりなど、欧米にはあり得ない条件下で働く有様は両国に共通だ。

 また、家族関係が大きな影響を持つのも同じだろう。過去にヒロインが別れを告げた直接の原因は、親戚の借金返済を抱え込んだためだったのだ。現在は、ずっと二人きりで暮らしてきた祖母の老いを独力で受け止めている。男の方は、食堂を営む両親が幼い息子を亡くした代わりに捨て子の自分を養子にしたのを知っていて、実子のように愛してくれるのを申し訳なく感じている。育児放棄めいたシングルマザー家庭で育てられたディレクターの、死病の床に就く母への複雑な感情も明かされる。

 だからこのドラマは、わたしたち日本の視聴者の胸にことさら深く響くのではないだろうか。

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 ところで、胸に響くといえば、ヒロインを演じたキム・ダミが次に主演した映画『ソウルメイト』(22ミン・ヨングン監督)に是非とも触れておきたい。中国・香港合作映画『ソウルメイト/七月と安生』(16デレク・ツァン監督)をリメイクしたこの作品は、今年日本公開されたのだが、好調な近年の韓国映画の中でも出色の秀作だと断言できる。

『その年、私たちは』と同じく幼い頃から大人になるまでの過程が物語の芯なのだが、こちらは親友同士だった女性二人が主人公だ。小学生の頃の無邪気で幸福感いっぱいな日々、高校時代の弾ける青春賛歌が、大人になっていくにつれ数々の蹉跌に直面し、苦く重たい場面を迎えるようになっていくのである。

 キム・ダミが演じる真面目な優等生(これも『その年…』と同じ)と、韓国ドラマで活躍中の個性派女優チョン・ソニの自由奔放娘が共に、やはりドラマで人気のピョン・ウソク扮する明朗快活な少年と淡い三角関係を引きずりつつ大人社会の波に揉まれていく。映画は、その切ない感情の動きを、みごとに描き尽くす。

 それでもお互いの友情は変わらない。舞台を中国から韓国に変え、北京と田舎町をソウルと済州島に移し替えて、三人とも都会と田舎の狭間で自分の居場所を模索するあたり、日本と韓国の共通性は中国をも含むのだと感じさせる。一足先に経済成長した日本の場合、1960年代から70年代にかけては、東京と地方の狭間に生きる若者たちの傑作青春映画が沢山作られていたのを鮮明に憶えている。

 ドラマや映画を通じて、日本と韓国、さらには中国とが、長い歴史や文化の交流を踏まえて通じ合う多くのものを有しているのを知ることも、うれしいではないか。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ『その年、私たちは』

Netflixにて独占配信中

情報は2024年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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