寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

軍検事ドーベルマン

2024/9/17公開

韓国の軍事司法の不正と対峙するアクションが痛快

「軍検事」とは、普通の裁判における検事とは違い、軍隊内で行われる裁判の検察業務に携わる特別な検察官である。ということは、軍隊内での特別な裁判制度のある国にしか存在しない職業なのだ。現在、こうした制度のある軍隊はアメリカ軍、韓国軍の他には数えるほどしかない。

 日本でも、戦前の陸海軍には「軍法会議」と呼ばれるものがあり、例えば五・一五事件で犬養毅首相を暗殺した軍人や二・二六事件の陸軍反乱部隊関係者は、ここで裁かれた。だが戦後の自衛隊は戦前の軍隊とは全く違う性質のものであるから、隊内で発生した事件でも、一般の国民の場合と同じく法務省の管轄する裁判所の扱いになる。

 最近でいえば、陸上自衛隊で性被害に遭った五ノ井里奈さんの事件が記憶に新しい。彼女に対してセクハラを行った男性隊員たちは、福島地方裁判所で有罪判決を受けている。また、陸上自衛隊射撃場での銃乱射事件では、岐阜地方検察庁が犯人を起訴し裁判に持ち込まれたところだ。

 ただ、韓国では、未だ休戦状態である朝鮮戦争での同盟国関係などアメリカ軍との密接な連携状況があるために、「軍事裁判所」が存続している。しかし、民主化や人権意識が進む中で、見直しが求められているのも事実だ。2021年に空軍、海軍で性暴力事件が起き、海軍の方では女性下士官が自殺する痛ましい結果を受け、軍事司法制度改革が進められたという。現在では、22年以降はセクハラなど個々の人権に関わる事件については、三審制度(日本の場合:地方裁判所→高等裁判所→最高裁判所 韓国の場合:地方法院→高等法院→大法院)のうち二審目以降は一般の裁判所で審理されるようになったようだ。

 22年に放映されたこのドラマは、こうした情勢を反映しているのだろう。軍隊内部の論理で処理されがちな軍事裁判の実態を示し、一般社会から見たときの違和感を際立たせる。

 他ならぬ主人公の軍検事がスポンサーの依頼で金目当てにでっち上げた銀行頭取の息子の不正優遇事件(ただし、実はこの息子はとんでもない奴で、親の権威を笠に着て起こした暴行犯罪をうやむやにするために軍隊に身を隠していたのだが)に始まり、大隊長が部下を誤射した事件、軍幹部の従兵に対するパワハラ、兵隊同士のイジメが誘発した銃乱射事件……と、次々に暴露されていく。これが仲間内で処理されてはたまらない。

 いや、日本の自衛隊でも前記の事件にとどまらず、つい先日には海上自衛隊の多岐にわたる不祥事が露見したばかりではないか。国の安全保障を左右する「特定秘密」情報の杜撰な管理、潜水手当の不正受給、部隊で無料提供される食事の不正飲食、さらには、潜水艦を受注する会社いわゆる軍需企業からの不明朗な裏金による飲食接待と、呆れてしまうほどだ。閉鎖的な「お仲間社会」ゆえの慢心と言えよう。

 主人公は、軍人だった両親を交通事故で失い、すさんだ生活を送って高校中退後、一念発起して独学で司法試験に合格したものの、学歴や親の地位、コネが支配する世を拗ねてスポンサーの言いなりになっていた。金のために事件でっち上げにまで手を染めてた彼が、金と権力に執着する連中のあまりの無法な放埒ぶりに嫌気がさし、その悪を懲らしめようとする意識になっていくあたりから、痛快な展開になっていく。

 そのきっかけとなるのは、後輩の女性軍検事の登場だ。彼女は初手から軍隊組織に馴れ合わず、悪党たちにも峻厳な姿勢で臨む。赤い髪に黒装束の謎の女に変装して男たちをボコボコにしてしまう「必殺仕置人」ぶりは、実にカッコイイ。その裏に、父を無実の罪に陥れて会社を乗っ取ったばかりか命まで奪った一味に対する復讐を果たす強い意思があるのがわかってくると、これは誰しも応援したくなるではないか。

 しかも、その一味は、軍を愛する正義感から悪を指弾しようとした主人公の両親をも事故に見せかけて殺していたことがわかる。さあ、この巨悪に男女二人の軍検事コンビはどう立ち向かっていくのか……。軽快なテンポでぐんぐん進んでいく物語に引き込まれてしまうに違いない。単なる金に絡んだ勧善懲悪ではなく、軍隊という特殊な組織が基盤となっている話であるが故に飽きさせないのだ。随所に、男性中心社会の極みである軍隊を風刺する描写があるのも楽しい。

「ドーベルマン」とは、主人公のト・ベマンという名をもじったのと、ドーベルマン犬の噛みついたら逃さない勇敢で獰猛な性格のダブル・ミーニングなのだろう。日本にも1975年~79年連載の人気漫画『ドーベルマン刑事』(原作:武論尊、作画:平松伸二)があり、映画『ドーベルマン刑事』(77年 深作欣二監督)、『爆走!ドーベルマン刑事』(80年)として連続テレビ映画、『ドーベルマン刑事』(96年 後藤大輔監督)としてオリジナルビデオとなっている。映画は千葉真一、テレビ映画は黒沢年男、オリジナルビデオは竹内力が主演した。

 なお、主人公役のアン・ボヒョンは、若い女性監督が「少女時代」のスヨン主演で、よしもとばななの同名小説を名古屋を舞台に映画化した『デッドエンドの思い出』(19チェ・ヒョニョン監督)にも出演している。これは、名古屋駅新幹線口近くにあるミニシアターの名門シネマスコーレが韓国と合作した作品でDVD化もされている。

【配信を中心に韓国ドラマの快進撃が続く中、韓国映画の方は映画館に閑古鳥が鳴く状態もしばしばで、業界全体が不振に喘いでいる様子だ。でも、作品の出来は決して悪くない。それどころか、今年の日本公開作は『ソウルメイト』をはじめ、『罪深き少年たち』『THE MOON』『密輸1970』そして『ソウルの春』と秀作が続々だというのに……。】

今回ご紹介した作品

軍検事ドーベルマン

配信
U-NEXT、Netflixで配信中

情報は2024年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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