寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

旋風

2024/11/29公開

韓国政界の裏切りと復讐、息もつかせぬ政治サスペンス

Netflixシリーズ「旋風」独占配信中

『公共の敵』シリーズ(2001~2008年)、『オアシス』(2002年)、『シルミド/SILMIDO』(2003年)、『力道山』(2004年)から、最近の『罪深き少年たち』(2023年)、『THE MOON』(2023年)まで、韓国映画のトップスターであり続けるソル・ギョングがドラマに初主演した。

 しかも、役は大統領の座を狙う首相。新人男優賞と主演男優賞を総ナメにして一気に躍り出た『ペパーミント・キャンディー』(1999年、私の韓国映画オールタイムのベストワン)では、光州事件から完全民主化達成まで、1980年代~90年代の激動する韓国社会の中で翻弄され浮き沈みする庶民の若者を演じた彼が、民主化した国の政治中枢における権力争奪戦の主人公というのは感慨深い。

『ペパーミント…』公開時は32歳だった名優も今や五十代後半、このドラマでは、貫禄十分に凄まじく激烈な政治抗争劇を演じていく。いきなり「首相パク・ドンホ緊急逮捕7時間30分前」の字幕から始まる第1話からして、スピード感いっぱいの展開で息もつかせない。検察の操作を受け逮捕直前の首相である主人公は、どうやってそれを免れようとするのか。そもそも彼は本当にその罪を犯したのか。

Netflixシリーズ「旋風」独占配信中

 容疑立件に自信満々の検察当局による7時間30分後に予定された聴取が始まれば、即座に緊急逮捕となるのは明らかだ。自ら回避の策を考え行動する首相は、どう動くか。まずは捜査や逮捕を止めることのできる大統領の力にすがる道だが、それは不可能。なぜなら、自分を評価して首相任命してくれたはずなのに、大統領は自身への疑惑を打ち消すため彼を「捨て駒」に仕立て、むしろ逮捕へのお膳立てをした黒幕らしいのだ。

 時間に追い詰められる中、首相はとうとう手段を選べぬ状況となり、自らの手で大統領暗殺を企てる。亡くなれば即座に首相がその権限代行者になるため、大統領と同じく訴追を免れる特権を得るのである。刻々と時間が迫る字幕と並行して、薬物を使った巧妙な殺害行為、発見、病院への搬送、緊急手術と畳み込んでいくので目が離せない。

【韓国憲法第71条 大統領が欠けたり事故によって職務を遂行することができないときには国務総理(註・首相のこと)、法律の定める国務委員の順位でその権限を代行する。】

 この規定がカギとなり、大統領の生死、生きていても「職務を遂行することができない」状態かどうかを焦点に、緊急逮捕ギリギリの時間まで駆け引きが続く。首相の企みを察知し阻止しようと動くのは女性の副首相だ。彼女自体、財閥と癒着しており、保身のためにも、次期大統領の座を狙うためにも、ことごとく敵対する。さて、どうなるか。

Netflixシリーズ「旋風」独占配信中

 この第1話のヤマ場がとりあえず決着しても、物語はまだまだ続く。序盤ところどころに登場人物たちの過去を描く回想シーンがあり、これがまた表裏ないまぜの韓国現代史をたどるようで興味深い。

 巨悪を暴く捜査に燃える検察官として突き当たる壁を突破するため政治を志した主人公の姿は、常に財閥など経済界との不明朗な関係が取り沙汰される政界の歴史を想起させる。彼を政治家に育てた大統領は、民主化運動に命を懸け南北統一にも熱意を注いでノーベル平和賞を受けたといえば、目下順次全国公開中のドキュメンタリー映画『オン・ザ・ロード ~不屈の男、金大中~』がその生涯を描いているキム・デジュンがモデルだろう。

 そのキム大統領ですら、3人の息子など親族が権力を悪用した不正蓄財で刑事訴追されているほどであり、歴代大統領のほとんどが退任後に不正蓄財などを暴かれ、多くは実刑判決まで受けている。また、学生運動や労働運動の闘士だった副首相は、民主化デモに集まった闘う女性だったはずだ。それが現在は金権腐敗に手を染めている。

 そして大統領選挙が、物語全体のクライマックスだ。これを巡る権謀術数の数々は、さらに凄まじい。まずは、先日の自民党総裁選挙、立憲民主党の代表選挙を思い出させる政権与党内部における大統領候補選出の予備選挙だ。主人公、副首相に加え、何度も大統領選で落選してきた重鎮議員の三つ巴で、泥仕合が繰り広げられる。野党側(この場合、保守陣営)の候補まで巻き込んで策を巡らす有様なのだ。

Netflixシリーズ「旋風」独占配信中

 実にスケールの大きい赤裸々な政治ドラマである。その上、ただでさえ劇的な結果を生みがちな選挙が、予備選、本選挙と2度も描かれるわけで、観る者を惹きつける要素は存分に揃っている。

 ただ、お節介として、もっと楽しめるようになるかもしれない政治知識を付け加えておこう。

 権力者と訴追の関係だが、このたびアメリカ大統領に再度選出されたトランプが好例と言えよう。前回大統領選挙の敗北を覆そうとした議会襲撃事件の誘発など現在4件で起訴されているのだが、来年1月に就任した途端、それらは取り下げにされるなど有耶無耶(うやむや)になってしまうに違いない。それほど、大統領の権力は絶大なのだ。ロシアのプーチン大統領など、選挙で選ばれたとはいえ独裁者同然ではないか。

 なお、日本の首相に関しては、憲法75条の「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない」という規定が適用される。総理大臣も国務大臣の一人であり、従って本人の同意がない限り訴追されないことになるわけだ。

 また、日本の首相は三権の一つである行政府の長だが、正式には「国務総理」という韓国の首相はそうではない。韓国憲法86条では、「国務総理は国会の同意を得て大統領が任命する」「国務総理は大統領を補佐し、行政に関し大統領の命を受け行政各部を統轄する」と規定されており、大統領の部下の一人という位置づけになる。大統領が死亡、重病などで執務できない場合は、このドラマのように権限代行者になるものの、代わってすぐに大統領に就任することとなるアメリカの副大統領とは格が違うのである。

Netflixシリーズ「旋風」独占配信中

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「旋風」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2024年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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