寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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弱いヒーロー

2025/5/30公開

いじめ、友情、そして成長、韓国の教育制度から見る青春群像

Netflixシリーズ「弱いヒーロー」Class1~2:独占配信中

 韓国ドラマや映画を見ていると、学校、特に小中高等学校の仕組みや雰囲気が日本と極めてよく似ているのを感じるだろう。それもそのはず、学校教育を広く普及させたのは、日本統治時代の朝鮮総督府だったからである。

 1910年の日韓併合以前にも、日本は朝鮮王朝に対し近代化を迫り、1894年には「教育制度の確立」を含む5箇条の近代化要求を突きつけている。その圧力の下に成立した王朝政権内の開化派が主導した甲午改革(この年は甲午=十干十二支の「きのえうま」)において、近代教育制度の導入が決定した。

 しかし、庶民まで対象となる公立普通学校の全国化は、1911年に総督府が出した朝鮮教育令で具体化される。小学校に当たる普通学校が4年(当時は日本の小学校も4年)、その上の高等普通学校が4年という制度が確立し、ほとんどが学校に通っていなかった朝鮮の子どもたちは、約30年後の統治時代末期には50%近い就学率に達した。【知られていないが、日本の小学校に男女とも50%が通うようになったのも、1872年に学校制度ができてから25年ほど経過してからであり、全員が行けるようになったのは1947年の新小学校制度となった後である。】

 …こう書くと、あたかも日本のおかげで韓国の学校制度が確立したようだが、そうでないのは明確にしておかねばならない。近代化要求は、日清戦争に繋がる日本と中国の朝鮮支配権争いの産物だったし、朝鮮教育令は、日本語や日本人意識を習得させるためのものであり、あくまで統治する側の都合によるものだった。韓国から感謝される類いのものでないことは、意識しておくべきだろう。

 独立後は韓国政府が自国の責任において教育制度を充実させ、現在では小中高等学校段階でも高等教育段階でも日本と全く同等の就学率となっている。

 大切なことなので前置きが長くなってしまった。このドラマの高校生たちの置かれている状況には、こうした歴史的背景があるのだ。第1話冒頭で、彼らの通う学校が「ソウル大3名合格」を誇らしげに掲げるのも道理、ソウル大を頂点とする学歴社会意識は日本より濃厚で、子どもたちはそちらへ向け駆り立てられているようである。

Netflixシリーズ「弱いヒーロー」Class1~2:独占配信中

 20年以上前、初めて韓国を訪れた頃、最も驚かされた2つの現象があった。1つは、警報のサイレンが鳴り響くと同時に車や人々が一斉に動きを止め空襲に対応する姿勢をとる「民防衛訓練」と呼ばれる全国規模の民間防衛訓練。まあ、これは未だに朝鮮戦争が休戦状態であって戦争継続中と聞くと納得できる。

 だが、文部科学省で受験偏重教育の是正に取り組んできた経歴を持つ者としては、もう1つの方はいささか理解に苦しんでしまった。毎年11月中旬に行われる「大学修学能力試験(修能:スヌン)」だ。日本の大学入学共通テストに似た役割の試験で、この日ばかりは社会全体がそれ一色に染まる。受験生が通勤ラッシュに巻き込まれないよう官公庁などの始業時間を遅らせるとか、遅刻の恐れがある受験生のためにパトカーや白バイによる送迎が行われるとか、さらには英語リスニングの試験の時間帯には騒音防止のため航空機の離着陸が制限されるとかの支援体制が敷かれるのだ。

 それほどに、大学受験の社会の中に占める重要度が大きいということか。このドラマでも、暗記一辺倒の受験勉強ばかりの授業風景、作中に挿入される高校生の50%近くが睡眠不足という情報がちりばめられている。

 だが、模擬試験の成績に一喜一憂するような受験教育一辺倒の学校にも、不良グループは存在するし、陰湿なイジメも行われている。生徒の学力にしか関心がなく校内問題に目をつぶり対応しない教師たち、我が子はほったらかしで自分の仕事に注力する親、極めつけは一片の愛情もなく己のイメージ向上のために養子を迎える政治家… 大人たちのていたらくは、もっとひどい。

 そんな中でも少年同士の友情は育つ。常に素晴らしい学業成績を発揮する学校一の秀才、圧倒的身体能力を持つが生活のためのアルバイトに追われ居眠りばかりしている快男児、養父からの虐待に耐え健気に生きるいじめられっ子、この三人の心が結びついていく過程は、文句なしに清々しい。彼らのこの姿が根底にあるからこそ、次々と起きる陰険な企みの不快さも掻き消される。

Netflixシリーズ「弱いヒーロー」Class1~2:独占配信中

 なにぶん敵の多い三人であり、乗り越えなければならない関門は少なくない。それは彼らが安易に同世代の風潮や大人の勝手な要求に従わないからでもあるわけで、自分なりの信念を曲げず筋を通す若さに声援を送りたくなってしまうではないか。敵方の陰謀が悪質になればなるほど、乗り越えた際にわれわれ観る者の叫ぶ快哉の勢いは増す。

 このドラマの最初に引用される「鳥は卵の中から抜け出ようと戦う」とのヘルマン・ヘッセの小説「デミアン」の一節こそ、青春期の彼らが懸命にもがき抜く有様を言い当てている。キリスト教の問題をテーマとする「デミアン」は、絶対的とされる常識の前に思考を停止させず、自身の考えに基づいて結論を下すことの重要さを描く。自分の夢や理想に忠実に行動するよう力づけてくれるのだ。半世紀以上前、わたしが高校生だった頃は若者に広く読まれていたと記憶する。

「弱いヒーロー」というタイトルも、自分の中に足りなくて弱い部分があっても萎縮せず意思を貫く主人公たちを指しているのだろう。女の子の出現によって友達関係にヒビが入ったり、疑いの気持が芽生えたり、決してスーパーマンではないにもかかわらず、不正を憎み、安易に妥協せず突き進む。

 その結果は、ハッピーエンドとは言えない。「Class1」とされる第一部の最後では、少年たち全員が意に沿わぬ憂き目に遭う。しかし、話は「Class2」へと続くのである。彼らの成長は、「Class1」の敗北によって終わりはしないに違いない。その未来を追っかけたくなる、みずみずしい青春物語だ。

Netflixシリーズ「弱いヒーロー」Class1~2:独占配信中

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「弱いヒーロー」Class1~2

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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