寺脇研さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~

2025/11/28公開

看護師の視点で描く心の病との向き合い方

Netflixシリーズ「今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~」独占配信中

 精神病院が舞台のドラマというと、やはり少し構えてしまう。

 そもそも人間の精神的問題というのは微妙で複雑なものだし、いまだに病院内での暴行や虐待の事例が完全には途絶えていないようだ。また、そこまで露骨でないにしても、親族の要望で、健常者であるにも関わらず強制的に入院させられるトラブルは結構多いと聞く。さらには、納得ずくの入院であっても、慣れない入院生活に様々な不満を募らせる例も多々あるらしい。

 というので、詳しい実態を知らない者としては、そうしたテーマの物語を楽しんでいいのだろうかと、少なからず逡巡の気持を覚えるのは仕方ないだろう。しかし、実は精神的揺らぎや混乱は、大なり小なり誰にでも起こり得る状況でもあるのだ。精神疾患について考えるのは、決して特殊な事例を物珍しく見物するのではなく、わたしたち自身にも訪れるかもしれない精神の動揺と、自分ならどう対峙するかをシミュレーションする機会でもあると受け止めてはどうだろうか。

 わたしは、そうやってこのドラマと向き合い、とても多くの示唆を得た気がする。

Netflixシリーズ「今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~」独占配信中

 まず、病院内の様子だ。大学病院だから綺麗な建物であるのはもちろん、内装も重苦しさはない。診療や看護のシステムも合理的で洗練されている。これなら、圧迫感や強迫感に苛まれることなく入院生活が送れるに違いない。

 しかも、主人公は医師ではなく、まだ若く未熟なところもある女性看護師だ。大学病院ゆえ医療従事者であると同時に研究者でもある医師たちとは違い、日常的に入院生活を助ける彼女の視点からは、患者と同等の位置からその闘病に寄り添う見方ができるはずだ。だとすれば、ドラマに登場するさまざまな精神疾患を、診断、治療する対象としてでなく、普通の人間が思わぬ精神的苦境に陥った状況と捉えられるのではないか。

 内科から精神科へ移籍してきたヒロインが最初に担当する女性患者は、双極性障害と診断されている。いわゆる躁鬱病だ。とはいえ、その原因は伝染病や癌のように細菌や腫瘍といった偶然の要素ではなく、彼女のそれまでの人生の歴史や現在の人間関係が重大な影響を与えている。いわば病の背景には本人が主役の人間ドラマがあるのだ。

 この患者の場合は、幼時から延々と続いている母親からの過保護、過干渉が、母の奨める縁談で結ばれた夫の無関心などと相俟って、妄想からの躁鬱を引き起こしたらしい。そうした問題点が解明され、母親はじめ家族の理解が得られれば、障害が引き起こす奇矯な行動に走っていた彼女も落ち着いてくる。

 次に担当した男性患者は、社会不安障害に陥っている。他者から否定的に評価されることを過剰に怖がり、心配のあまり自殺未遂にまで至ってしまった。だがこれは、会社での厭な上司からのパワハラが原因であり、企業社会の人間模様に起因する。

Netflixシリーズ「今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~」独占配信中

 ……と受け止めたとき、ハッと思い当たるものがあった。わたしも、文部科学省という組織に30年以上勤務する中で、そうした経験をしていたのだ。三十代半ばの頃、出世至上主義者である上司の機嫌を損じて連日嫌がらせを受け、辞めたくなるほど苦しんだことがあったっけ。幸いなんとか乗り切って事なきを得たものの、あれがもっと続いていたら自分も精神障害になっていたかもしれない。

 そう、誰もが精神を病む可能性を持っているのだ。各話に登場する患者たちは、他にもパニック障害、妄想性障害、仮性認知症、心的外傷後ストレス障害、境界線パーソナリティー障害、統合失調症……、おどろおどろしい病名が並ぶけれど、これらは全て自らの人生そのものが出会う事件や困難に起因している。社会生活を送っている限り、その恐れは誰にも避けられない。

 事実、病院に勤務する医療従事者も例外ではない。いや、ヒロイン自身が精神疾患と診断されてしまうのである。劇中の台詞にもあるように、「精神疾患は誰もが経験し得る予想不可能なもの」としか言い様がない。だからこそ、患者を責めたり差別したりすることがあってはならないと改めて認識させてくれるのだ。

 ドラマ中には病が高じて自殺に至るケースも登場するから、決して安易に楽観はできないが、過度に恐れたり否定したりするのでなく皆で支え合い、助け合いしていくことによって乗り越えていこうというのである。『今日もあなたに太陽を』というポジティブな題名はそれを意識しているのだろうし、ヒロインが社会復帰、職場復帰するプロセスには、明るい可能性が示されている。

 病気の世界だから苦しい場面はあるにせよ、人間同士の絆が救いとなって困難を乗り越える希望を感じさせるドラマなのである。

Netflixシリーズ「今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~」独占配信中

【日韓の映画関係者が力を合わせて企画する新しい映画イベントが始まりました。
「コミュニティシネマフェスティバルvol.1」と銘打って、"日韓映画館の旅"というテーマを打ち出した上映会が行われています。11月9日~29日は福岡市総合図書館、11月15日~28日は大阪のミニシアターであるシネ・ヌーヴォでの開催。

 上映作品は日本未公開の韓国インディペンデント映画で、歴代の韓国芸術映画館協会賞受賞作品である『成績表のキム・ミンヨン』(2023)、 『ロンリー・アイランド』(2024)、『長孫―家族の季節』(2025)と、映画館をテーマにしたドキュメンタリー『ウォンジュ・アカデミー劇場の記録』(2023)、『Mr.キム、映画館へ行く』(2025)です。

 また、併せて「1950年代韓国映画傑作選」として旧作7本も上映されます。
 年明けには2月28日~3月6日東京ユーロスペース、2月27日~3月12日東京ストレンジャー、3月13日~22日高崎シネマテークたかさき、2月12日~21日東京アテネ・フランセ文化センターでも開催されますので、是非ご覧になってください。】

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2025年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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