寺脇研さんのドラマ批評 - 人間レッスン

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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人間レッスン

2026/10/02公開

普通の高校生が金のために違法なビジネスに手を染める

画像:人間レッスン 1

Netflixシリーズ「人間レッスン」独占配信中

 主人公は、品行方正、成績優秀と非の打ちどころない優等生でありながら、ちょっと変わっている。担任教師の進路指導面接では、有名大学進学を志望していながら専攻分野はどこでもいい、将来の職業は何でもいい、と素っ気ない。特別な生き方を考える余裕はなく、普通に高校を卒業し、普通に大学進学するのが目的なのである。

 だから他の生徒たちとは違って勉学に励み、真面目な高校生活を送っているのだが、ままならぬのは、進学費用は言うに及ばず生活費にも困る経済事情だった。博打に溺れるなど生活破綻者の父親はほとんど家にも帰らず、母親は愛想を尽かして逃げたと思われる。……となれば、自ら生計を立てると共に将来へ向けての蓄財をしなければならない。

 彼が密かに違法ビジネスに手を染めている裏には、そうした事情があるのだ。

画像:人間レッスン 2

Netflixシリーズ「人間レッスン」独占配信中

 だが、このビジネス、高校生が企てるものとしては度を超している。なにしろ、かなりの数の女子高生による援助交際を掌握して操り、客の斡旋や危険事態に陥ったときの対応をに当たることで巨額の利益を生むというものだ。ヤクザなどの反社会組織も顔負けの稼ぎっぷりである。

 しかもそれを、普通に学校生活を送りながら継続的事業展開しているのだ。一体どうやって? ドラマ導入部で描かれるその部分は、なんともスリリングだ。実際に斡旋行為を管理し、さまざまな非常事態の処理に当たるのは、「室長」と呼ばれている昔特殊部隊に勤務していた凄腕の大人であり、主人公はスマホを駆使して彼と連絡を取り指示を与える。授業中でもメールを使えば可能だ。

 客が変態行為を行った場合は、少女から主人公へ緊急救助要請が届き、現場へ急行した室長が相手を叩きのめし賠償金をふんだくる。本来なら主人公自身が活躍するのがドラマの常だが、派手な暴力アクションを演じるのは大人の役割なのだ。室長だけは、偶然知り合って以来の付き合いだが、他の者とは実際に顔を合わせることなくスマホを通してのみ繋がっている。通話は音声変換してあるから、通話相手は、経営者らしい発言をするのが高校生だとは夢にも思わない。

 主人公がスマホを紛失してしまい、連絡が取れない状態でトラブルが起きたケースも描かれるが、これをなんとか処理する過程など、犯罪行為であるのが前提ながら、観ていて思わず応援する気持になってしまうほど、スピーディーで勢いある話の運びだ。その後も、ビジネスの邪魔をする勢力と生命の危険すら冒す抗争に及んでいく。

画像:人間レッスン 3

Netflixシリーズ「人間レッスン」独占配信中

 いくらなんでも、高校生にそこまでできるだろうかと感じるだろう。しかも主人公は優等生ではあってもスーパーマンではない。実際にはあり得ない設定だが、こうやって巧みにドラマ化されると、それなりにリアリティーが出てくる。現実から少しだけ逸脱した範囲で、現在の若者の苦境を見せてもらっているように受け止めた。

 とはいえ、この設定を荒唐無稽とは言い切れまい。今や日本でも、少女たちによる援助交際は常態化している。言葉を換えれば売春だ。東京の新宿歌舞伎町の「トー横(新宿東宝ビル横)」と呼ばれるエリアには、家庭や学校での居場所を失った少女が関東圏各地から集まり、路上で客引きに立つ。いわゆる「トー横キッズ」である。

 大阪だと「グリ下(道頓堀グリコサイン周辺)」の「グリ下キッズ」、名古屋だと「ドン横(ドン・キホーテ栄町本店周辺)」の「ドン横キッズ」がいる。横浜の「ビブ横(横浜ビブレ周辺)界隈」、福岡の「警固(警固公園周辺)界隈」など全国の大都市にも同じようなエリアがあり、彷徨う若者の溜まり場では常に援助交際がらみの状況が生じ得る。

 一方少年たちは、トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)での「闇バイト」だ。電話やSNSを使った特殊詐欺の手先として犯罪に加担するのみならず、最近では強盗の実行役となり押し入った家の住民を殺害してしまうケースさえ出てきた。強盗殺人といえば、極刑に処せられる類いの凶悪犯罪ではないか。

 ただ恐らく、日本の高校生たちも、そしてこのドラマに出てくる韓国の高校生たちも、犯罪や犯罪まがいに足を踏み入れてしまう何らかの背景があるはずだ。今年公開の日本映画『東京逃避行』(26年、秋葉恋監督)、『炎上』(26年、長久允監督)は、いずれも「トー横キッズ」の実態を取り上げているが、どちらのヒロインも家族に対して悩みを抱えている。

 このドラマでも、主人公は家庭が崩壊した空洞状態の中で暮らしているし、彼のビジネスの共同経営者となりたがる女友達は、裕福な生活をしているものの、高圧的で娘を思い通りにしようとする両親に反発して自殺を図ったこともある。主人公は貧困を脱するため、女友達は親から逃げ自活するのに必要な自分の自由になる金を得るため、と二人とも自分なりの動機を有するのだ。

画像:人間レッスン 4

Netflixシリーズ「人間レッスン」独占配信中

 もちろん、作者たちは犯罪行為を肯定はしていない。毎回のラストシーン後に出る〈助けが必要な時は信頼できる人に相談するか 地域の相談窓口に電話してみましょう〉とのメッセージには、主人公たちと同様に何らかの悩みを持つ若年の視聴者へ向けた配慮が込められているのだろう。

 また、「信頼できる人」として非行に走る少年少女をなんとか理解しようとする女性警察官を登場させているし、それほどでなくとも主人公の担任教師は生徒たちを心配している。違法ビジネスのパートナーである室長だって、援助交際する少女を単に商品扱いするのでなく心身の状態にも配慮してくれる。ただ、そうした大人は世間では煙たがられ、このドラマの中では当の高校生たちとは擦れ違ってしまうだけに終わり、残念ながら主人公たちの心の闇は払拭されぬまま結末となってしまう。

 しかし現実へ立ち返ると、韓国にしろ日本にしろ、高校生たちが援助交際やトクリュウに足を踏み入れるのを見過ごすわけにはいかない。そのためにわれわれ大人にできることは何か……。改めて深く考えさせてくれるドラマなのである。

【室長を演じるのは、チェ・ミンス。最近はドラマ出演が主だが、1990年代から2000年代前半までは映画スターとして大活躍した。TOKIOの長瀬智也が主演し、題名どおり全編ソウルを舞台にした初めての日本映画『ソウル』(02年、長澤雅彦監督)で、長瀬とダブル主演を務めている。当時はまだ、韓国における日本映画上映に制限がかかるなど、現在のような日韓文化交流が当たり前の時代ではなかったから、日本の観客にはとても新鮮だった。】

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「人間レッスン」

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2026年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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