地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
テッド・ラッソ: 破天荒コーチがゆく
2022/12/14公開
素人サッカーコーチとチームの悪戦苦闘を描く。エミー賞受賞の傑作コメディ。
画像提供Apple TV+
昨年と今年の2年連続、エミー賞でコメディシリーズ作品賞に輝いた『テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく』。コメディドラマのシーズン1がエミー賞で計20ものノミネーションを受けたのは史上最多記録。米国のアメフトコーチが英国のプロサッカーチームで監督に就任して始まる珍騒動をコミカルに描くが、テンポよくたくさんのギャグを畳みかけると同時に、ある意味、時代に挑戦状を叩きつける、知性も野心も感じさせる傑作だ。
英国プレミアリーグの弱小チーム“AFCリッチモンド”の新たなオーナーになった女性レベッカ(ハンナ・ワディンガム)は米国人テッド(ジェイソン・サダイキス)を監督に雇う。離婚した元夫から譲り受けた“AFCリッチモンド”をさらに弱体化させ、元夫に復讐するのが目的だった。しかしそこには大きな誤算があった。サッカーについてはド素人のテッドだが、人心掌握に関しては超一流。そんな愛すべきテッドのもと、レベッカもチームもいつしか一丸となっていく。
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とにかくテッドはチャーミングだ。まず選手たちをほめまくって才能を引き出そうとするし、毎朝おいしいビスケットをレベッカに届けるが、ビスケットはテッド自身が手作りしている。さらに選手以外のスタッフに対しても、中東系の生真面目な青年ネイト(ニック・モハメッド)のやる気をきちんと認める。
つまりテッドは“分断”が問題視されるようになった時代、それを取り払おうと全力を注ぐ、いま最も注目すべきヒーローだ。とはいえ、生活の拠点が英国に移ったのに大の紅茶嫌いでコーヒーを飲み続けるという、米国人独自のクセも残している。気丈に振る舞おうとするオーナーのレベッカも、裕福な夫に捨てられたさみしさを隠せなくなる時があるなど、どのキャラクターも矛盾を抱えている。そんな二面性が本作の奥深さを醸す。
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テッドは、チームを家族のように感じるあまりか、仕事熱心すぎるからか、その両方なのか、米国で暮らす妻子と疎遠になるという皮肉な境遇に置かれる。表ではポジティブに生きようとふるまうが、裏では自身を犠牲にしてしまうテッド。本作は、そんなバカなという爆笑シーン満載のコメディだが、多くの現代人が共感を誘われる点こそ秀逸だ。
テッド役のサダイキスは、やはりエミー賞でコメディシリーズ主演男優賞に2年連続で輝いた逸材だが本作では企画・製作総指揮も担当。先がけた出世作は、40年以上にわたって多数の名コメディアンを輩出してきた伝説的バラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』で、サダイキスは大統領になる前のジョー・バイデン(米民主党)と思想的に正反対であるミット・ロムニー(米共和党)、両方のものまねを得意とした。そんな芸域の広さが、少し頼りないのも魅力的なコメディ史上屈指の名キャラ、テッドを輝かせる。
筆者が米国のTV番組を楽しいと思うのは、現実と虚構の境界線を飛び越えるかのようなエピソードが付いてくるから。本作でいうと今年のエミー賞授賞式では、口が悪いベテラン選手ロイ役のブレット・ゴールドスタインがエミー像を受け取った直後、思わず放送禁止用語を使ってしまった。それを不謹慎と受け取る人もいるだろうが、筆者は“ドラマと同じか!”とにんまりとしてしまった。
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見逃せないのは“AFCリッチモンド”の戦いに一喜一憂し続ける、英国名物の酒場、パブに入りびたる酔っ払いたち。サッカー愛がひどいにもほどがある面々だが、本作に喜怒哀楽を揺さぶられるファンと似ていると思うのは筆者だけか。すでにシーズン3の製作も決まったこの傑作、ファンはしばらくテッドとその仲間たちから目を離せないだろう。
予告編
今回ご紹介した作品
テッド・ラッソ: 破天荒コーチがゆく
Apple TV+で独占配信中
情報は2022年12月時点のものです。