地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
BEEF/ビーフ ~逆上~
2023/06/06配信
『エブエブ』の製作会社のもとに別のアジアンパワーが集結した野心作
Netflixシリーズ『BEEF/ビーフ』独占配信中
今年のアカデミー賞で最多7部門を制した映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)は、ミシェル・ヨーが中国系ルーツの俳優かつ東南アジア(マレーシア)出身の俳優として主演女優賞に輝いたのが史上初など、数々の偉業を達成。同時に新進映画会社“A24”の作品が、作品賞・監督賞・4つの俳優賞という主要6部門を独占したのも快挙だった。
そんな“A24”が、同じくアジア系のスタッフ&キャストを中心に据えたNetflixオリジナルドラマが『BEEF/ビーフ ~逆上~』。筆者は意外な展開を楽しみつつ色々と感じることが多く、これからのハリウッドにおけるアジア系コンテンツの方向性を夢想した。
主人公は2人のアジア系米国人、男性のダニー(ドラマ『ウォーキング・デッド』のグレン役や映画『ミナリ』で知られるスティーヴン・ユァン)と女性のエイミー(コメディアンのアリ・ウォン)。2人はスーパーの駐車場で車が互いにぶつかりそうになった、たったそれだけで運命が大きく狂い始める。
Netflixシリーズ『BEEF/ビーフ』独占配信中
ダニーは逃げたエイミーの車のナンバーを記憶し、スマホを使って正体を探ろうとするが、日本円にして約1万円がかかると知る。米国で成功したいという夢はあるが、現実は小さな便利屋業に甘んじているダニーは渋々少ない貯金から約1万円を使ってエイミーの住所を突き止める。一方、エイミーは成功した起業家だが、自分の会社が大企業に売れるかどうかという問題に加え、やけにプライドが高いアーティストである日系の夫との関係、幼い娘の子育てにも悩んでいた。つまり、ダニーもエイミーもストレスまみれだ。
タイトル中にある“BEEF”には、多くの米国人が好んで食している“牛肉”を示す(あるエピソードでダニーはストレス解消のためかファストフードをばくばくと食べまくる)と共に、米国で使われているスラングとして“恨み”“不満”“口げんか”といった意味がある。特にヒップホップ界隈ではラッパー同士の“口げんか”“もめごと”を指すことが多い。アフリカ系と同様、米国でマイノリティであるアジア系の登場人物陣を中心に据えた本ドラマがこの単語をタイトルに掲げたのには、それなりに深い意味がありそう。
Netflixシリーズ『BEEF/ビーフ』独占配信中
そんな本作だが、“A24”がTV界における『エブエブ』のポジションを狙ったのではないかと当初、個人的には推測。“A24”の映画界における先がけた功績は、第89回アカデミー賞で作品賞など3部門を受賞した『ムーンライト』。アフリカ系でありゲイでもある少年の成長を取り上げ、“多様化(ダイバーシティ)”の時代到来を先取ってみせた。
“A24”は、ゼンデイヤ主演のダークな青春ドラマ『ユーフォリア/EUPHORIA』も好評とあって、引き続いてドラマにも力を入れており、日本を舞台とし、西島秀俊、國村隼、YOU、ジュディ・オング(!)をキャストに迎えた新作『Sunny(原題)』も準備中だ。
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それにしても本作がユニークなのは、多くのキャストがユァン(韓国生まれ)とウォン(中国系米国人の父親とベトナム出身の母親の間に生まれた)のようなアジア系である上に、第1話を監督したHIKARI(映画『37セカンズ』も監督)は大阪市出身。『エブエブ』に通じるアジアンパワーを感じる一方、だからといってアジア系がいきなりハリウッドでメインストリームになるとも楽観できない。それでも重要なのは、ハリウッドにおいて従来マイノリティだったアジア系が今後は重視されるべき“選択肢”になったことだ。
各話30分前後の全10話で計5時間強。半日で見て楽しめるオフビートな娯楽作だが、もっと多様な人種を招いた次作が生まれることを期待したい。
予告編
今回ご紹介した作品
BEEF/ビーフ ~逆上~
Netflixにて独占配信中
情報は2023年6月時点のものです。