池田敏さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ザ・ピット/ピッツバーグ救急医療室

2025/8/22公開

病院版『24 -TWENTY FOUR-』リアルタイムで進行

© 2025 WarnerMedia Direct Asia Pacific, LLC. All rights reserved. HBO Max and related elements are property of Home Box Office, Inc.

『ER 緊急救命室』はメディカル(医療)ドラマの名作だ。1994年から2009年まで、15シーズンも全米放送。ERとはEmergency Roomの略称。日本ではRoomという単語に引っぱられてか、“緊急救命室”なんて副題が付いたが、病院でいう“救急病棟”のような一角。日夜たくさんの急患が担ぎ込まれる様子をスピーディに描くそのスタイルは当時斬新で、メディカルドラマというジャンル全体を盛り上げたほど。その後、日本でも無数のメディカル(医療)ドラマに影響を与えている。

 そんな『ER~』に主要キャラとして最多の254エピソードに登場したのが、ノア・ワイリーが演じたジョン・カーター。『ER~』終了から16年後、そんなワイリーがカーター先生のその後のような役を演じるのが『ザ・ピット/ピッツバーグ救急医療室』だ。“ピット(Pitt)”は舞台の町ピッツバーグの愛称だが、個人的にはサーキットでレーシングカーが飛び込む“ピット(Pit)”を連想してしまった。本作の病院のERに担ぎ込まれるのも、壊れた車のような急患ばかりだからだ。

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『ザ・ピット~』のシーズン1は、ピッツバーグにある病院のERの朝7時から夜10時までの計15時間を全15話を使って描く。あざとく例えると“病院版『24 -TWENTY FOUR-』”のようだが、タイムリミットサスペンスではなく、一日で病院が最も忙しい15時間を描くのが本作の意図だ。しかしほぼリアルタイムで物語が展開する緊迫感は並々ならない。

 ERのリーダーのようなベテラン医ロビーことロビナヴィッチ(ワイリー)は朝7時に出勤した時点で疲れ果てている。どうやら数年前のコロナ禍、彼はある大切な人を失い、それがトラウマになっているらしい。『ER~』に似たドラマながら、“ポスト・パンデミックの病院ドラマ”という点は斬新。

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『ER~』に似たドラマと書いたが、実際そうだ。とはいえ、ロビーは部下たちに“患者はなるべく早く、ひとりでも多く退院させろ”と本音を伝える。これは米国の病院ドラマでたまにしかない聞かない台詞だ。理想形に近い医療をめざすのが『ER~』に代表される米国の病院ドラマだったが、コロナ禍を経て変化があったのだろうか。特に本作の病院は人手不足に困っているようで、それもまたコロナ禍の影響かも、と強く想起させる。

 また病院で働く、医師・医学生・ナースの顔ぶれが『ER~』よりもぐっと多様化している。頭をヒジャブで覆ったイスラム教徒の女性もいれば、番組初期はほぼ毎回、患者から血液やおしっこを浴びるドジな医学生ホイテカー(ジェラン・ハウエル)もいてと、にぎやか。院内の施設やECMOなどの治療法なども、『ER~』からぐっと進化した。

 それにしても本作が魅力的なのは初期の『ER~』のように、職業ドラマとしてシンプルなこと。医師が同僚やナースと恋をするのはメディカルドラマで当たり前のようになっているがそういう雑音は避け、同様に派手なBGMで盛り上げることも本作はしない。

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 2025年9月に発表される第77回エミー賞では計13個のノミネーションを獲得。個人的には『ER~』でエミー賞のドラマシリーズ助演男優賞に5回もノミネートされたが受賞を逃していたワイリーが、初めてドラマシリーズ主演男優賞にノミネートされて感激。彼自身が脚本を担当したエピソードもある。

 また、第1話の監督はワイリーが出演した『ER~』でメイン脚本家のひとりだったジョン・ウェルズ。『ER~』シーズン8でファンを号泣させた、ハワイが舞台の「託す思い」で監督と脚本を兼任していた名手だ。

“命のサーキット”をリアリズムたっぷりに描いた本作。シーズン2の製作も決まった。

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今回ご紹介した作品

ザ・ピット/ピッツバーグ救急医療室

配信
U-NEXTにて独占配信中

情報は2025年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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