相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

オッドタクシー

2022/04/21公開

アニメに興味がない人こそ見てほしい。セイウチのタクシー運転手が紡ぐ一大叙事詩

©P.I.C.S. / 映画小戸川交通パートナーズ

 アニメーションのTVシリーズを、連続ドラマとして捉えることに違和感をおぼえる方もいるかもしれない。アニメはアニメ、実写は実写。そんな区分けは、テレビでも映画でも当たり前のことになっている。
だが、昨年放映された『オッドタクシー』全13話は、連続ドラマとした観た方が絶対に面白い。しかも、アニメによくある漫画原作ではない。完全オリジナル作品。さらに、大人向けだ。

 登場キャラクターは全員、動物。絵柄は愛らしいが、ある女子高生失踪事件を軸に展開する物語は一筋縄ではいかないし、裏社会も描かれる。だが、これは、たとえば、真犯人は誰か? という安易なミステリーへの興味を誘導するものではない。また、あるとき、誰かが豹変する様を劇的に描写する類でもない。むしろ、私たち現代を生きるひとりひとりが無縁ではいられない、内面的な問題の奥底へと降りていく画期的な世界観。アニメにしろ、動物にしろ、そうした手法でしか迫ることができない主題と連続性がここにはある。

 深刻な内容をしかめっ面せず、軽やかで生き生きとした筆致で紡ぐこと。古今東西の良作にはそのような品性が宿っている。『オッドタクシー』は、先人たちが積み上げてきた美徳を踏襲しながらも、その先に大胆に飛躍する。

 主人公はセイウチのタクシー運転手。彼が乗せた客たちを媒介に、多彩なキャラクター模様が、事件の成り行きに絡み付いていく。緻密にして痛快。愉しくも深遠。気がつけば、独特の吸引力の虜になっている。

©P.I.C.S. / 映画小戸川交通パートナーズ

 タクシーの車内が舞台構成の軸となっており、運転手と客の対話が中心。声の出演には漫才師ら芸人、そしてラッパーまでが投入されており、プロ声優との丁々発止のやりとりには、音楽的な快感がある。芝居じみた抑揚は抑止されており、日常を活性化しつつ、皮肉や遠回りも効果的に振りかけられた会話の妙でぐいぐい疾走する。

 だが、第4話はいきなり、あるキャラクターのひとり語りに終始。実験的な独白が起爆剤となり、作品は想定をはるかに上回る勢いを獲得していく。

 SNS投稿が生活の中心と化している大学生、婚活サイトで結婚相手を探す中年、課金ゲームで廃人寸前の若者、芸歴14年ながらなかなか売れない漫才師、デビューを目前に控えたアイドル3人組らの【渇望】を横一列に配置し、そこに事件をめぐるヤクザや警官たちの【自己実現】も重ね合わせ、各自の深層心理を紐解いていく手腕は、メインキャラだけでも20名を超えていることを全く感じさせない。それぞれの心模様すべてに焦点が合っている。にもかかわらず、叙事詩としての風格は超然としている。

©P.I.C.S. / 映画小戸川交通パートナーズ

 そして、特筆すべきは主人公像。多彩で魅力的な群像劇は概して主役が埋もれがちだが、一見、狂言回しに思える本作の主人公、小戸川が誰よりも愛すべきキャラクターとして、じわじわと浮上してくる様は画期的。

 つまり、ここで行われているのは、次から次へと事態が二転三転するジェットコースター的な作劇ではなく、じっくり丁寧に出汁をとった上で多彩な冒険を地に足のついたものとしていく創作和食の匠の技。まさに伝統と革新が共にある。質量が突出した創作物だ。

 事件の結末はきちんと明かされる。煙に巻くような無粋な真似はしない。しかし「ゆめ」や「運」という概念が繰り返され、「神に誓って」という台詞を何度か口にするこの作品は、思うように生きられない私たち現代人にとって、切実な余韻を投げかける。そこには、いまを生きることをめぐる解決不可能な諸問題に、それでも寄り添おうとする一途なやさしさがある。

 現在、映画版となる『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』が公開中。TVシリーズの、一風変わった再編集版であると同時に、全13話を補完する締めくくりでもある。これを入口にしてもいいが、まずは配信でTVシリーズを体験することをおすすめしたい。

 わたしの本業は映画批評だが、2021年の映画界には『オッドタクシー』ほど鮮やかな視覚体験や、深く豊かな思考に誘う作品はなかった。『オッドタクシー』は全映画に圧勝。大げさでも何でもなく、そう断言できる。アニメに興味がないあなたにこそ、目撃してほしい。

予告編(TVアニメ版)

予告編(映画)

今回ご紹介した作品

オッドタクシー

Amazonプライムビデオで配信中

映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ

TOHO シネマズ新宿ほか全国公開中
配給:アスミック・エース
©P.I.C.S. / 映画⼩⼾川交通パートナーズ

情報は2022年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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