相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ

2022/05/12公開

監督オダギリジョーの意欲作。全3話に独創性と唯一無二の演出力が光る

 朝ドラ『カムカムエヴリバディ』での好演も記憶に新しいオダギリジョー。独自の吸引力で観る者を引き込む演技的存在感は、幅広い役柄をこなすというより、人物それぞれの内面を奥深くまで拡張する魅惑にあふれている。昨年の坂元裕二脚本ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』では後半戦にふらりと登場、底知れぬキャラクターで、作品に無限大の価値を付加した。いままさに脂が乗りまくっている俳優である。

 そんなオダギリジョーには、もうひとつ別の側面がある。元々、カリフォルニアへの留学経験もある映画監督志望。2019年、柄本明主演の『ある船頭の話』でついに長編監督デビューを飾ったが、それまでも短編映画やドラマの演出を手がけている。

『オリバーな犬、(Gosh‼)このヤロウ』という、異形のタイトルを持つ全3話から成るドラマは、オダギリが原案・脚本・演出・編集を手がけた意欲作。『ある船頭の話』よりも断然個性が際立っており、彼の監督としての力量に初遭遇したときめきを感じる。NHKは、よくここまで奔放な作品にGOサインを出したものだと思う。既に続編制作も、局から正式発表されている。監督オダギリジョーに、よほど惚れ込んでいるに違いない。

 作品には視聴者に媚びる様子が一切ない。監督オダギリの作家性は完全に守られている。近年、映画界では、これほどまでに才気感じる新人監督は登場していない。これは快挙だし、視聴率に左右されずに純粋作品主義を貫いてきたNHKドラマ群の精神が象徴的に立ち現れていると言えるだろう。

 舞台は、鑑識課警察犬係。警官、青葉一平(池松壮亮)と相棒の警察犬、オリバーのコンビもの、ととりあえずは言える。しかし、ヤクザや半グレ(暴力団に属さず犯罪を行う集団)らが入り乱れる物語は、ある意味、支離滅裂でとりとめがない。不穏な雰囲気と脱力感漂う笑いが溶けあい、往年のTVシリーズ『ツイン・ピークス』を思い起こす映像ファンもいるかもしれない。

 だが、監督オダギリの独自性は、どんな作品にも似ていない。自ら着ぐるみを被り、警察犬オリバーを演じているが、この手法にこそ、唯一無二の演出がみなぎる。主人公一平と視聴者にだけ犬がオダギリに見えるという設定は、【演技とは何か】という壮大な問いを突きつける。画面に映っているのは、犬の扮装をしたオダギリジョーでしかない。だが、私たちはそれを、一平とだけ会話できるオリバーとして認識する。もし、これがコントやコメディだったら、こんなことは考えない。しかし、軽やかさよりは禍々しい空気感の方が先行する作品世界において、着ぐるみ人間が犬として堂々と二足歩行している様は異様だ。だが、観客はそれを受け入れる。素敵な芝居がそこにあれば、全てはOKになる。

 オダギリ選りすぐりの面々の芝居はいずれも、すっとぼけており、警官やヤクザなど、あてがわれた役どころを裏切っているようにしか見えない。だが、そこが面白い。いろんな警官がいていい。いろんなヤクザがいていい。いろんな警察犬がいていい。いろんなドラマがあっていい。気がつけば【多様性】を肯定している。着ぐるみの犬がいたっていいのだ。
オダギリジョーは身を挺して演出しているように感じる。自身が犬となり、しかし、いつもと変わらぬこの俳優ならではの言い回しを浸透させることによって、他の出演者たちも伸び伸びと自由に己の演技を企んでいる。演じ手ひとりひとりが創り上げる自由が集積することによって、本作は魅惑の無法地帯と化している。

 大きな事件はあるにはあるが、見つめていると、誰かが誰かを演じている状況そのものが痛快に思えてきて、物語の行方などどうでもよくなる。とにかく、楽しいし、嬉しい。だから、第3話で唐突に群衆によるダンスが始まり、いきなりミュージカル化していく様にも違和感がない。むしろ、もっとやれ! という気分になる。

 そう、これは、一平とオリバーがそうであるように、作品と視聴者の関係性に、想定外の【相棒感】が生まれるドラマだ。そして、そこには理屈がない。オダギリジョーは、つくづく痛快な監督である。
個人的には、あの勝新太郎の初監督映画『顔役』(1971年)を観たときのような高揚感がある。俳優としては全く別のタイプだが、監督としては勝新太郎を彷彿とさせる神通力がある。おそらく、さらに奔放に馬力をあげているであろう続編が、いまから楽しみでならない。

今回ご紹介した作品

オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ

NHKオンデマンドで全話配信中
詳細情報はNHKオンデマンドから(カタログハウスのサイトの外に移動します)

情報は2022年5月時点のものです。

©NHK/MMJ

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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