地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
ミステリと言う勿れ
2022/05/24公開
菅田将暉が演じる究極の「会話劇」。定石をくつがえす新感覚ミステリドラマ
『ミステリと言う勿れ』は、鼓動が聴こえるドラマだ。
作り手の覚悟の据わった野心、それに立ち会う視聴者のめくるめく冒険。ふたつが交流することで、鼓動が生まれる。いわゆる刺激的な性質の作品ではない。むしろ、めざしているものがどこまでも誠実だからこそ、鼓動が鮮烈に響きわたる。
殺人容疑をかけられた大学生、久能整(くのう・ととのう)が、その疑いを自ら晴らしていく挿話から始まる。以降、刑事でも探偵でもない彼の独自の観点から、様々な事件が読み解かれていく。推理ものに思えるが、題名が断言している通り、定石に従属することを拒んでいる。事件の解明は描かれる。だが、目的は「解決」ではない。言ってみれば、人の心を「解決などで片付けたりしない」という、真新しい人道主義が貫かれている。その綿密さ、丁寧さ、一途さが「愚直なまでの祈り」に到達しており、胸を掴まれる。
犯人探しや動機の追求に軸を置かず、事件を起こした者の「人間性」をただただ見つめる。犯人を美化するわけではない。同情もしない。できるだけフラットに相対することで、犯人もまた人間であることを受け取っていく。久能整の態度とは、そのようなものだ。
人情刑事ものとは完全に別次元。ここにあるのは、安易な理解や共感ではなく、徹頭徹尾「他者との対話」だ。
久能整は、弁が立つ。だが、捲し立てて相手を論破するわけではない。「僕はこう思う」を滔々と述べた上で、問う。罪への道程を暴くのではなく、世界でたった一人の誰かがこれまで生きてきた轍を、問いかける。主人公は断罪するのではなく、犯人の生き方や人生観に耳を傾ける。だが、同調することもない。
取調室、バス、屋敷、公園、病室、山荘、新幹線。多種多様な「密室」で繰り広げられる対話は、相手が単独のこともあれば、集団のこともあるが、一対一の基本姿勢は崩れない。そのありようは、ときにカウンセリングや人生相談、あるいは懺悔室の様相を呈する。しかし、説法や宗教めいた雰囲気は漂わない。
なぜか。主演、菅田将暉が細心の注意を払って発語しているからだ。
取り上げられている幾つかの事件の背景には、「虐待」が通奏低音として流れている。人間の問題は社会の問題と隣接しており、社会の問題とは人間の問題に他ならない、という歴然とした事実が見据えられている。菅田将暉は、そこから「決して目を逸らさないこと」を発語を通して表現している。つまり、他人事にしない。だから、裁く側/裁かれる側という分別は生じない。我々はみな弱者だからこそ、考えること、振り返ること、立ち止まることを、諦めるべきではない。冷静に、心を込めること。情や泣きや叫びが有耶無耶にしてきた定石に屈することなく、菅田将暉は、あくまでも日常の平温で対話を試みる。地道に淡々と続ける。
久能整が口にするのは「不躾な正論」だが、それが菅田将暉の演技を通過すると、ある真実が浮かびあがる。
ありとあらゆる「常識」がいかに人間を虐げてきたか。
主人公を信頼しているわたしたちに、真実が不意打ちのように襲いかかる。これまでミステリや勧善懲悪の名の下に、多様な人間を一定の枠に貶めてきたのではないか。
“復讐は楽しかったですか?”
初回で唱えられたこの設問は永遠不滅の大命題だが、菅田将暉の発語にはあくまでも「隣人」であろうとする揺るぎない信念が宿っていた。つまり、対等。対話は、決闘ではない。責めるのではなく、勝ちにいくのではなく、抑圧するのではなく。ひたむきに人間と人間であろうとしている。
2021年放映の『コントが始まる』でもそうだったが、菅田将暉は一人のキャラクターに潜む「観察者」としての側面を深掘りし、「まなざしの活劇」へと昇華する術を有している。
語りかけること。見つめること。この俳優は、ふたつの行為を溶け合わせ、同情でも断罪でもない地点から、関係性とコミュニケーションを描き出す。
言葉と視線が、生まれたての鼓動を運びこむ。そうして聴こえてくる鼓動は、人間の感覚の最後の砦「好奇心」そのものかもしれない。
深刻で過酷な事件の果てに、他者に対する根源的な興味が芽生える。主人公を逆光で捉える映像も印象的な『ミステリと言う勿れ』は教えてくれる。光も影も、人間に与えられた等価の可能性なのだということを。
今回ご紹介した作品
ミステリと言う勿れ
FOD(フジテレビオンデマンド)で全話配信中
情報は2022年5月時点のものです。