相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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それ忘れてくださいって言いましたけど。

2022/06/06公開

1話15分で描かれる心地よい時間。主演・市川実日子、音楽・曽我部恵一のおしゃべりドラマ。

©Paravi

 民放なら54分。そこからコマーシャルを抜くとNHKの45分。アニメーションや仮面ライダー、戦隊もの、深夜ドラマなどは30分。

 連続ドラマの尺は、枠によって異なり、題材や物語との相性はあまり留意されていない。つまり、会社の就業時間のように、決まってますから、という押しつけのオンパレード。そんな場所から多様性など生まれるはずもない。無理をしてるなぁ、と思うことも少なくないし、逆に、上手くやってるなぁ、と感心することもある。だが、どちらにせよ、ドラマの作り手たちが、既存のルールに呪縛されていることに変わりはなく、窮屈だ。

 配信メディアの増殖により、このあたりの変容を期待していたが、いまのところ、大きな刷新はない。配信でも連続ものは大体そんな感じ、単発ものは大抵、映画の基本、2時間前後を目指している(そもそも、映画の尺も決まりきっている)。

『オッドタクシー』(2021年)や『きのう何食べた?』(2019年)を吟味していると、もうドラマは30分(配信でコマーシャルを抜けば24分ほど)で充分なのでは?と思わせられる。緻密な脚本と卓越した芸があれば前者のように。大らかなルールと魅惑あふれる包容力があれば後者のように。鮮やかな満足感がもたらされる。むしろ、54分や45分では長すぎると感じることの方が多い。たとえば「ミステリと言う勿れ」は、1.5エピソード風の語り口を導入、飽きさせない作りを模索していた。こうした危機感がもっと必要だ(映画も2時間という枠に縛られすぎで、話法がマンネリ化している)。

 15分。と言えば、毎度おなじみ朝ドラの分数だが、あれは月曜から金曜まで週5回(現在、土曜はダイジェスト)もの連続性からの尺で、一週間75分を分割払いしていると捉えたほうがよい。だいたい一週間分で区切りが出来るように組み立てられている。

 Paraviのオリジナルドラマ「それ忘れてくださいって言いましたけど。」は、毎週15分にしっかり向き合った、画期的な作品だ。

 下北沢に実在するカフェを舞台に、市川実日子と曽我部恵一が限りなく本人に接近した役を演じている。というより、営んでいる、と形容した方がよいかもしれない。本人が本人に近い何かを営んでいる。この作品は、何よりも、人間と時間の営みのドラマである。

 市川はどうやら女優業の傍ら、ここで働いているようだ。店主であるらしい曽我部はギターを爪弾き、歌で客をもてなしている。そこに、本人とさほど名前の変わらない、常連の夏帆や吉田羊が訪れ、ガールズトークが始まる。

©Paravi

 エリック・ロメールやホン・サンスのある種の映画がそうであるように、ほとんどおしゃべりだけで構成されている。が、舞台の台詞劇とは違うし、バラエティのコントでもないし、ラジオドラマのようでもない。リラックスした芝居の集積だが、即興の色彩はなく、ゆるやかな構築が際立つ。いわゆる「静かな演劇」を思わせる側面もあるが、もっと明るく、カラフルだ。15分という時間制限が、おしゃべりをだらだら感から救っている。

 やはり店と馴染みのある唯野未歩子と西島秀俊の夫婦(ふたりは実際には夫婦ではない)が訪れ、少しだけ変奏する。が、間と呼吸の変化、そして外部の情景が取り込まれ、密室性が緩まるだけで、おしゃべりが主軸であることに変わりはない。渡辺大知も加わり、曽我部と一緒に歌ったりもする。

 他愛もない空気だからこそ、日常の本質や仕事への希求が、その人の内部からスケッチされるように活写される。仄かな緊張感と、キープされる穏やかな時間の混じり合いが格別で、これは15分でしか起こり得ない「創られた時間」であることを体感する。

 市川と曽我部のふたりきりの時間から、どんどん人が増えていき、出入りによる揺らぎはあるが、演者=奏者が多層化しても、そこで奏でられる「音楽」としてのおしゃべりの肌ざわりは変わらず、無意識の連帯こそが、本作の要でもある。

 ときは、桜咲く4月のある日。プリンが出来るまでの数時間。ネットで、太陽に関する良からぬ噂が流れた、という物語背景は薄くある。だから、これは「地球最後の日」の可能性もなくはない。だが、もし、だとしても、その日はこんな日であってほしいと思わせる15分の情緒がある。

©Paravi

 ひょっとすると、これは、社会について、世界についての思考スケッチなのかもしれない。よく見知った者同士が集っても、ここまで抑制の効いた愉しい時間を、わたしたちは創り得ない。だが、ここに描かれている時間の心地よさは、理解している。

 ほんのちょっと。ほんのちょっとだけ。他者や自分を大切にすることができれば、社会も世界も優しくなれるのではないか。そんなふうにも思うのだ。

 たかが15分。されど15分。見つめれば見つめるほど、一杯の珈琲、一皿のパスタを愛おしく思うように、時間に接することができる。

「それ忘れてくださいって言いましたけど。」は、豊かだ。

予告編

今回ご紹介した作品

それ忘れてくださいって言いましたけど。

Paraviで独占配信中
最終話は6月11日(土)ひる12時より独占配信スタート

情報は2022年6月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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