相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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未来への10カウント

2022/06/13公開

アフターコロナを生きるすべての人に届けたい、人生の応援歌

 コロナ禍になってから丸2年が過ぎ、3年目に突入しているにも関わらず、この世界史においても稀な状況下を見据えたドラマや映画は、ほとんど見当たらない。確かに、当初は、人と人とがダイレクトに向き合うことができない枷を逆手にとって、オンラインを画面に取り込み、新しいコミュニケーションを模索するzoom対話劇のようなものもあった。だが、珍奇な目先の変化はすぐに廃れた。なぜなら、わたしたちの現実においてテレワークが日常と化したからである。そんなもの、わざわざ映像フィクションの中で見たくはないだろう。

 一向に出口が見えない。というか、どうやらこのパンデミックに明確な出口を期待してはいけない、という諦めを受け入れたのかもしれない。いま現在、ドラマも映画も基本的には、マスクのない世界や、コロナのない世界を描いている。

 世界中の人々が前例のない出来事の真っ只中に依然いる。それを相対化などできるわけがない。なぜなら、わたしたちは長い長いトンネルにいまもいるからだ。まだ、何も終わっていない。

 この閉塞感。というより密閉感。耳が詰まっていることが常態化している気分そのものに、果敢に取り組んだのが、ドラマ『未来への10カウント』である。

 高校ボクシングという地味なスポーツを題材とし、そのコーチ役に木村拓哉が扮した。コロナ禍がそのまま描かれるわけではない。主人公がかつて営んでいた焼鳥店が繁盛していたのに潰れたという過去設定にしか、具体的にコロナは顕在化していない。

 だが、高校選手時代4冠を達成しながら、網膜剥離によってボクサー生命を絶たれ、焼鳥が縁で出逢った愛妻には病に先立たれ、志した教職からは降り、再起を賭けた焼鳥店は閉店。いまは辛うじて宅配ピザのバイトで食いつないでいる。別に今日死んでも構わない。そう口にする男のありようは、まさにコロナ禍のわたしたちの心象の擬態だ。何をやっても上手くいかない。とりあえず存命なだけ。生きている実感に乏しい。生命がぼんやりしている。

 失意のどん底にいる元選手が、自身の古巣である高校運動部の指導者になる。ありふれた設定だ。そこに新機軸は何もない。いや、むしろ、このドラマは徹底して「新しいことをやらない」ようにしている。

 廃部寸前のボクシング部の復興。部員たちの高校生としてのドラマ。臨時教員となった主人公に対する他の教師たちの排他的な態度。渋々顧問になった女性教師(満島ひかり)と主人公の相棒感。その女性教師に仄かな恋心を抱く元日本チャンピオンで主人公の親友であるボクシングジム経営者(安田顕)の尽力。主人公と複雑な因縁のある女性校長(内田有紀)のコンプレックス。すべてに既視感がある。人物の配置にも目新しさは皆無だ。

 しかし、そのすべてが溶け合い、あくまでも明るいタッチで紡がれるとき、特異な風情が立ち上がってくる。2020年に突然激変した世界が息も絶え絶えになりながら、どうにか2022年も生きている光景を照射するのだ。そしてそれはメランコリー(憂鬱)でもノスタルジー(郷愁)でもない。初めての感覚だ。

 物語展開にも新味はない。だが、作品の筆致は近年のドラマにはありえないほど、ゆっくりしている。これは確信犯だ。この驚くべき蛇行運転が、這いつくばるしかないわたしたちの現在に重なる。出口の見えないトンネル内で立ち往生するしかないけれど、急がなくていいんだ。日々を丁寧に生きるしかない。一足飛びに解決するなんてことは起こらない。地道に歩んでいこう。まるで、そう語りかけるように。

 転校生の挿話は象徴的だ。大阪からやって来て、途中入部する生意気な態度の1年生(村上虹郎)。彼は部の誰よりもボクシングセンスに溢れていたが、脳に動脈瘤を抱えていることが判明、ボクシングを断念する。彼の決断までの過程も、綿密に描かれた。

 敗者を劇的に描くものは多い。だが、この作品は、リングにすら立てない者、つまり、勝負すらできない者の気持ちにもしっかり寄り添う。そこに根源的な救いはない。だが主人公は「まだ人生の10カウントは鳴り終わっていない」と転校生に告げる。そして、自身の人生も鑑みることになるのだ。

 誰かに何かを教えるということは、教える側が初心者に立ち戻ることも意味する。つまり、教えることによって「教えられる」。これは教育の基本だ。

 内省的な演技者である木村拓哉は、彼ならではの独白に、生まれたての教育者としての発見を滲ませ、日常にほんの少しの初々しさを授ける。相棒役の満島ひかりはシングルマザーという設定だが、カラッとしたキャラクターに徹しており、ベタベタ感がない。芝居の相性は抜群だ。ふたりの間には特別な感情も派生するが、ロマンティックな瞬間は最後の最後まで描かなかった。

  特筆すべきはこの点である。

「未来への10カウント」は、クライマックス(最高潮)を用意しない。高校ボクシング部にはインターハイ出場という夢はある。だが、その達成のための努力を本作は安易に謳わない。ただただ、ありふれた、地味で、地道な日常に、スロウに寄り添う。

 アンチロマンティック。そして、アンチクライマックス。人生は浪漫だけで出来ているわけではない。そして、望みが必ずしも叶えられるわけでもない。そもそも人生は派手なものではない。だが、それでも生きる価値はどこかにある。それをじっくり時間をかけて、伝えてくれるドラマだった。

 プロボクシングは1ラウンド3分だが、高校ボクシングは1ラウンド2分。つまり、120秒。

 人生の120秒について、長いトンネルの只中で考えてみよう。そんな気持ちにもなった。コロナ禍のいまでなければ、見出せないことも確かにあるはずなのだから。

今回ご紹介した作品

未来への10カウント

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情報は2022年6月時点のものです。

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