地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
正直不動産
2022/07/15公開
嘘がつけなくなった営業マンの本音と建前を山下智久が妙演。
2022年春クール最高のドラマとして既に大きな称賛を浴びている「正直不動産」。最終回も、大仰な仕掛けで媚びるわけでもなく、これまでの通りの平常心で、余裕のフィナーレを飾ったことも記憶に新しい。まさに横綱相撲。抜きん出た、圧倒的な強さを見せつけた。類まれなる高評価はネットでも散見する。ここでは主演・山下智久の演技表現に的を絞って論じてみたい。
隠すところは隠す不実な営業トークで社内トップの成績をおさめてきた不動産会社社員が、ある祟りから嘘がつけなくなる。やむなく客に物件の不備もあからさまに吐露するスタイルに転換せざるを得なくなり、成績も伸び悩むが、やがて大切なものを獲得していく。
あらすじを書くと、教条主義的なおとぎ話を想像するかもしれない。設定も展開もありがちで、面白そうではない。だが、これがめっぽう痛快なのだ。
なぜか。山下智久が、コミカルな演出とシリアスな題材の狭間を確実に撃ち抜く、きわめて透徹した芝居を見せているからである。主人公のキャラクターがクールなのではない。山下のアプローチが冷静なのである。一切ブレのない彼の演技が肌に心地よく、グイグイ引き込まれてしまう。
一種の業界ものでもあるので、不動産にまつわる実益のある情報も多数織り込まれ、テロップで紹介もされる。社内の人間関係や各々のキャラクター造形はデフォルメが効いており、映像の筆致はときに騒がしくもなる。だが、顧客本位の一話完結スタイルで紡がれる物語内容自体は、いたって真っ当で切実。
要素だけを書き並べると、とっ散らかった印象しかない。だが、山下智久の芝居は、すべての要素を連結し、ドラマ自体に違和感を生じさせない。かと言って狂言回しになるわけではなく、主人公がどこまでも主体となり、作品自体を牽引する。
ポイントはモノローグだ。
嘘がつけなくて、営業が思うようにいかない主人公は心の声で、ボヤく、嘆く、諦める。だが、その周囲には聴こえない呟きに、ほんの少しの情けなさをまぶしユーモアに転換する技を編み出している。
外面はこれまで通り、クールに振る舞っている。上手くいかなくても、格好はつけている。この内面とのギャップが、観る者を無防備にして、主人公のことも、ドラマのことも好ましく受けとれるようになるのだ。
山下智久がここで尽力しているのは、環境づくりだ。嘘をつけなくする風は毎回吹く。この正直風は、その都度、違ったかたちで吹くのだが、山下もまた、リアクションを細やかに変幻させ、その反応に、時間経過と成長・円熟を加味し、人生そのものの醍醐味を表現している。
風が吹く場面はお約束の笑いどころだが、ここをおろそかにせず、毎回、工夫を凝らして、主人公が生きてきた轍を感じさせる。
人はみな、本音と建前を行ったり来たりしながら、生きている。このドラマは、そこに正直風というファンタジーを導入することで、むしろ、わたしたち全員に通底する人生の真実を体感させるのだ。
本音だけでも建前だけでも生きていくことは難しい。だが、そこにこそ、仕事の面白さも、人間関係の現状打破も潜んでいる。
大げさな演技は一切しない。だが、台詞も、心の声も、そして、嘘も、本当も、同じようにその人を形作っていることを、山下智久はさり気なくも丁寧に精妙に伝え、わたしたちを本気にさせる。
心情吐露をもっともらしく演じる俳優なら、五万といる。
だが、山下智久は、嘘にも人間性をまぶし、不甲斐なさも正々堂々と体現する。
つまり、全方位的な肯定の力。
この表現姿勢は、まさにどれだけ風が吹こうとも揺らぐことがない。
スマートな立ち居振る舞いが印象的な山下智久だが、その演技の軸にあるのは、人間を見つめるブレのないまなざしであり、だからこそ、視聴者は、大いに笑い、大いに感動したのだと思う。
あの「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」をある意味、超えたと言っても過言ではないほど、山下智久は「正直不動産」を颯爽と着こなしている。