地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
ザ・タクシー飯店
2022/09/05公開
町中華の名店をめぐる個性派タクシー人情劇
※本文中に内容に関するネタバレを含む表現があります。ご注意ください(編集部注)
連続ドラマには大抵、折り返し地点のようなエピソードが用意されている。
駅伝で言えば、往路と復路のはざま。海外旅行で言えば、トランジット(乗り換え)の空港。約3ヶ月を1クールとするほとんどのドラマにとって、それは中休みである。
だから、少々緩んでもいいが、緩みすぎると、中弛みとなり、作品そのものの品質を落とすことにもなる。かと言って、どんなに緊迫した連ドラでも全力のまま突っ走ると、作る側も観る側も疲れてしまう。緩急をつけるという意味でも、それは重要な中継地点である。
単なる一休みではなく、イレギュラーな回として積極活用する作品もある。攻めの姿勢が上手くいくと、名作が生まれることもある。
『ザ・タクシー飯店』の第5話は、近年稀に見る傑作だった。
タクシードライバーの物語。タクシー会社を辞め、自分の好きな車で、気ままに個人タクシーを営んでいる中年男は、大の町中華好き。彼が実在する町中華を訪れ、主に彼と客とのほろ苦い人間模様が紡がれる。
食と人生。テレビ東京の十八番とも言うべき深夜ドラマの安定した手法ではある。
渋川清彦という名バイプレイヤーの持ち味を存分に活かした設定は、松重豊主演のロング・シリーズ『孤独のグルメ』の亜流と見る向きも少なくないだろう。だが、同じ実名グルメものでも、かなり違う。実際の店主が料理する厨房の情景に、渋川のモノローグがかぶさるお決まりの展開には、独特のムードがある。
職業運転手なので、町中華にはぴったりのビールが飲みたくても飲めないジレンマを早々に破り、店に断って車を一晩停めたり、特殊な代行を頼んだりの挿話が前半戦に用意されている。だからこそ、第5話はルーティンから大きく逸脱。そこから大いなる醍醐味に直結した。
運転手と乗客の、車内での語らいが基盤になるのはいつも通り。今回の客は、青森・八戸から上京、俳優として活動しながらも、実家を継ぐために東京を後にする青年。
「どちらまで?」
タクシー運転手のお決まりの問いかけに「空港まで」と答え、「蒲田経由で」と付け加える。
彼はかつて蒲田に住んでおり、何が良いことがあったときは、そこの町中華でご褒美に五目焼きそばと肉団子を食べていたという。「今日は寄れないけど、運転手さん、いつか行ってみてください」と託される。
客の身の上話から、運転手のかつての夢にまで至る物語は、その後、運転手が約束の店を訪れる後日談を分断しながら挿入することで、時空が折り重なる多層的な情緒を醸し出す。泣きに傾くわけでもなく、苦味だけが残るわけでもなく、青春や郷愁を適度に抑制した引き算の味わいから、過剰にならない【挫折肯定】の筆致へと辿り着く。
客を演じる松澤匠の芝居は、素直さと忍耐、愛くるしさと擦り切れ、語りかけと仕舞い込み、明るさと虚勢など、相反する要素を無理なくチャーミングに溶け合わせており、【人物残像】の余韻がいつまでも続く。
受けに徹する渋川清彦は、通常より寡黙を貫き、さり気ない表情のリアクションだけで、緩急を生み、一瞬の沈黙ではっとさせる。
高架下だろうか、トンネルだろうか。タクシーが暗闇に包まれ、窓ガラスに青年の顔が映る。ただそれだけで、この【短い旅】は永遠の瞬きを垣間見せるのだ。
青年が画面から退場した後は、運転手がエピローグのそのまたエピローグを継続し、この時間が終わらないように扱う【親密さ】さえ感じさせる。
忘れがたい佳品。
全8話の中では明らかに異質ながら、連ドラが突然ピークに達していた。2022年度を代表する【奇蹟】と言えよう。
今回ご紹介した作品
ザ・タクシー飯店
以下の配信サービスで視聴できます。
Paravi/Amazonプライムビデオ/ひかりTV
情報は2022年9月時点のものです。