相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ガリレオ 禁断の魔術

2022/10/04公開

福山雅治主演ガリレオシリーズ・9年ぶりの新作ドラマ

 福山雅治が、天才物理学者、湯川学を演じる“ガリレオ“シリーズ。その映画版第3作『沈黙のパレード』のロードショーを記念して、公開日の翌日9月16日に、スペシャルドラマ「ガリレオ 禁断の魔術」が放映された。

 実に9年ぶりとなる福山による湯川の帰還。撮影は『沈黙のパレード』より先だったという。物語の時系列もまさにそのようになっている。

 両作は、湯川と刑事、草薙(北村一輝)の関係が軸となっており、互いをサポートしあう関係性がギリギリの淵で試される。『沈黙のパレード』は、草薙が長年囚われてきた事件を解明するものであり、「禁断の魔術」は、湯川の教え子の復讐を巡る物語だ。

 生粋の科学者である湯川は元々、捜査にはフラットに接する人物。その冷静さが個性であり、客観的であるがゆえに、事件のことも事件の関係者のことも【見護る】ことができる。それは『沈黙』で草薙がある意味、当事者となったときも変わらず、むしろより強く唯一無二のキャラクター性を感じさせた。

 劇的な状況を俯瞰する。観察者のように非情なわけではなく、また、下世話な好奇心があるわけでもない。感情はある。が、眺めるように事態に接することで、過酷な状況を最悪にしないように、深刻なシチュエーションをなだめるようにする。推理というよりは癒し。その対処は、どこかメディテーション(黙想)を思わせる。やすらぎと、やわらぎを付与する。それが悲劇を【見護る】ことなのかもしれない。

 原作者、東野圭吾と俳優、福山雅治の幸福な融合が、湯川学という人物を生んだ。

「禁断の魔術」では、そんな湯川が、教え子(村上虹郎)の犯罪を阻止するため、独断によって行動する。積極的に動く。誰にも悟られないように。

 明らかにイレギュラーな展開。しかし、持ち前の控えめなスマートさが崩れることはなく、悲愴感に満ちていたり、ナルシスティックなハードボイルド調に陥ることもない。肩に余計な力の入っていない、平常心の湯川学のまま、彼は孤独に策を弄するのだ。

 福山雅治は、ガリレオ以外の出演作でも、作品と他の登場人物を【見護る】特別なテクスチャを有した演じ手だが、ここまでドラマティックな設定の湯川を体現するときも、全く揺らぐことがない。

 クライマックスで、草薙と対峙するとき、湯川は「その覚悟で来た」と語るのだが、その発語のニュートラルさは、福山雅治最良の演技であり、湯川学最高の一瞬であったと確信する。これまで幾つものエピソードを積み上げてきたが、全てはこの「禁断の魔術」のためだったと思うほどだ。まるで力作『沈黙のパレード』が長いエピローグのように感じられる。

 今回、湯川が平然と遂行する決断は暴挙である。そして、それは教え子の未来を【護る】ためでもあるが、科学の未来を【護る】ためでもある。そして、それは具体的に言語化もされる。

 しかし、福山の演技は片時も、何かの説明になることがない。これが役者としての彼の最大の武器であり、湯川の根本を成すものだ。

 想いを言葉にする。誰もが当たり前にしていることであり、また映像フィクションの中でも普通に行われてはいる。だが、こんなふうに深遠に届くことは滅多にない。

 なぜか。

 想いと言葉を単純なイコールで結んではいないからだ。たくさんの想いがある。そのすべてを要約することなどできはしない。だが、言葉は必要だ。だから、言葉を口にする。しかし、そこに全てがあるわけではない。とりあえずの言葉がそこにあるだけであり、想いはもっともっと大きい。しかし、言葉が無力なわけではない。想いのかけらかもしれない。一部分かも、一断面かもしれない。しかし、だからこそ、発語するのだ。言葉は、想いの全てではないからこそ、発せられる。

 福山雅治は、そのようなデリカシーによって、発語している。だから、湯川学には説得力がある。

 十全に満たそうとする演技は説明的になりやすい。その場限りの芝居もすぐに消えてなくなる。福山=湯川の言葉が、豊かで深い余韻をもたらすのは、濃厚なわけでもなく淡白なわけでもない、絶妙な【ひとはだ】感覚による音として、そこに在るからだ。それが、やすらぎとやわらぎになる。傷ついた者たちにとって。

 わたしたちもまた、コロナ禍において心身に傷を負っている。こんなときだからこそ、「ガリレオ 禁断の魔術」の福山雅治=湯川学は、ひとつの福音となる。

 タイトルの「禁断」は、さまざまに受けとることができるが、幾つもの痛ましい出来事があった2022年において、より痛切に響く事件がここでは描かれてもいる。

 人はとかく「魔術」に飛びつきがちだが、「魔術」のなかに潜む「禁断」を感じとる知力がいまこそ必要とされている時代もないだろう。

 わたしたちは湯川学のように天才ではない。彼のような知力は有していない。しかし、彼のように感じ、対処する気持ちを抱くことはできるかもしれない。

「ガリレオ 禁断の魔術」がこれまでの同シリーズと違うところがあるとすれば、この【可能性】に想いを馳せることができる点。

 そして、そのために、福山雅治もまた【禁断の魔術】を駆使したのではないだろうか。

予告編(映画・沈黙のパレード)

今回ご紹介した作品

ガリレオ 禁断の魔術

再放送
2022年10月4日(火)25:35~27:55(※関東ローカル)
配信
FODプレミアムで配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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