相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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SPY×FAMILY

2022/11/04公開

スパイ×殺し屋×エスパー かりそめ家族のホームドラマ

 人気漫画のアニメ化。これは、日本のカルチャーにおいて定番の仕様であり、数々の名コンテンツを生んできた。近年では『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』の爆発的ヒットが記憶に新しい。劇場版をはじめ、様々な商品化や企業とのコラボが展開されていくビジネスモデルの側面も大きい。

『SPY×FAMILY』もまたそうした拡張を当初から見込み、実際にかなり大規模なキャンペーンを繰り広げてはいる。なにしろ、アニメ第1期のオープニングナンバーがOfficial髭男dismで、エンディングが星野源。今をときめくこの両者をテーマ曲に据えるとは、相当な力の入れようだ。

 しかし、重要なのは、その話題性ではない。本作は極めて現代的なテーマを有している。そして、実写の連続ドラマがどんどん弱体化する中、アニメこそが次代の連ドラを担うのではないかと予感させる。

 あらすじは単純だ。そして、登場人物が極端に少ない。ここが『鬼滅』や『呪術』とは決定的に違う点。なにしろ、これは実に真っ当なホームドラマなのだから。価値観の多様化によって全方位的なホームドラマが成立しなくなった21世紀に、あくまでも普通のホームドラマを建立するために、ある仕掛けを施している。

 主人公は、スパイ。東西の冷戦(つまり、設定は過去)を終わらせるために、日夜暗躍している。ある任務のために子供が必要となり、孤児院で一人の少女を養子とし、さらに妻が必要となり、見ず知らずの女性と(お互いの利益のために)偽装結婚する。

 とまあ、典型的なスパイ映画の趣。だが、シチュエーションはシリアスながら、基本的にすべてが、ホームドラマならではの、ほんわかムードで進んでいく。

 肝心なのは、ここからだ。妻となった女性は実は殺し屋。そして、少女(というより幼女に近い)は、人の心が読める能力の持ち主だ。
擬似家族となった3人は、それぞれの秘密を保持したまま、関係性を育んでいく。
つまり、表の顔と裏の顔がある。しかし、それが、ありきたりのスリルには傾かない。

なぜなら、表も裏も、それぞれ魅力的に肯定されているから。

 つまり、諜報活動も、殺しも、第三者から見れば汚れ仕事に他ならないが、ここでは汚れとして描かれていない。秘密にせざるを得ないが、自分の仕事を伏せることに後ろめたさはなく、それはあくまでも職務上必要なことであって、嘘ではない。この、キャラクター設定が見事だ。そして、このことは、スパイの父(少女はチチと呼ぶ)、殺し屋の母(少女はハハと呼ぶ)の心の声を聴く少女アーニャの好奇心(彼女はスパイドラマが好きで、そのワクワクが原動力なのだ)によって肯定される。この構造は見事だ。

 アーニャは、恐怖をワクワクに転換する能力(それこそが超能力だ!)によって、この捻れた関係性を正常化している。

 擬似家族ものは、LGBTQを巡る現代の不寛容と無縁ではない。マイノリティのシェルターとしても、家族というモデルプランは有効だ。そして、家族を見つめ続ける是枝裕和監督がカンヌ映画祭最高賞に輝いた『万引き家族』で描いたように、貧困の最後の砦が、血の繋がらない者たちが形成する家族の場合もある。先日公開された韓国系アメリカ人監督、コゴナダによる映画『アフター・ヤン』では、白人、黒人、中国人、そしてAIが家族になる近未来が提示された。

 しかし「SPY×FAMILY」は、それらの先に向かっている。言ってみれば、ポストLGBTQであり、ポスト是枝裕和であり、ポストSFなのである。実は、これは、かりそめの家族設定によって、家族愛を創成し、人間らしさを取り戻す、ありきたりのハートウォーミングな作品ではない。

 もちろん、変顔もチャーミングなアーニャは可愛いし、スパイ活動はそこそこ荒唐無稽だし、女スナイパーの闇仕事は決してグロテスクな描写には陥らない。全体的にユーモアにあふれ、抑止力があり、品が良く、センシティブだ。スマートな筆致に乱れることはない。
だが、どこまでも健全に思えるこのアニメーションは、密やかに、現代の病理を、確実に捉えている。

 それは、全員、真面目すぎること。

 スパイは、職務に忠実。殺し屋は、殺しに忠実。つまり、仕事の奴隷なのだ。

 作品が見つめているのは、スパイや殺し屋という特殊性ではない。私たち現代人の本質だ。与えられた義務を淡々とこなし、家族の責任を果たす。それを自明のものとして受け入れ、社会人としても、家庭人としても、完璧なポジショニングにおさまろうとする私たち。
つまり、これは戯画なのだ。それも、かなり巧妙な。
義務の奴隷。責任の奴隷。そして、真面目であることの奴隷。

 まだ幼いアーニャにしても、孤児院出身に超能力という負荷のかかる背景があり、現在放映中の第2期では、さらに予知能力のある犬が家族に加わることで、悪い未来を変えねばならぬという義務と責任が彼女にはのしかかる。
そうした擬似家族の情景を、あくまでも明るく、朗らかに、ストレスを感じさせず、見せているからこそ、「SPY×FAMILY」には、21世紀的なオリジナリティがみなぎる。病理をカムフラージュする文体は一層磨きがかかり、なんと「サザエさん」ばりのショートストーリー仕立てを試みるエピソードもあった。

 3人がそれぞれ秘密を抱えていることにではなく、作品の構造そのものに、ハラハラせずにはいられない。いったい、どこまでいくのか。

 スパイのコードネームは【黄昏】。そして、殺し屋の名前は【ヨル】。このキーワードにも、おそらくヒントは隠されている。

 愛らしいからこそ、「SPY×FAMILY」の奥底から目が離せない。

今回ご紹介した作品

SPY×FAMILY

放送
テレビ東京ほかにて毎週土曜23時~放送中
配信
Amazonプラムビデオ/Disney+/dtv/Paravi ほか各動画サービスにて全話配信中

情報は2022年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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