相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ラストマン―全盲の捜査官―

2023/05/25公開

ドラマは折り返し地点。福山雅治の繊細な演技が光る

「ラストマン 全盲の捜査官」。タイトルを最初に見た時は苦笑するしかなかったし、いまでも題名は変えたほうがいいと思うが、低調な春ドラマの中では、見ごたえも歯ごたえもある。
 やや雑な回もあるものの、総じて志が高い。
 福山雅治の尽力(と大泉洋の抑制された受け芝居)の賜物である。

 ぼんやり筋を追うことしかできない視聴者は、「ガリレオ」シリーズのアレンジヴァージョンと勘違いするかもしれない。ドラマ定番の謎解きミステリーの構造自体は随分前から進化することをやめており、もはや伝統芸能の一種。犯罪のトリックが巧妙になればなるほど、犯人の動機が斬新であればあるほど、事件の顛末に意外性があればあるほど、構造そのものの陳腐さが浮き彫りになる。

 安手のミステリー、という言葉があるが、すべてのミステリーはもはや安手なのだ。

 つまりは、ただの安手の舞台の上で、刮目すべきものがもしあるとすれば、それは芝居に他ならない。生成AIが幅を利かせつつある世の中で、もし映像フィクションを観る理由があるとすれば、生身の人間がいかに切磋琢磨して演技を創り上げているか、その臨場感だけだろう。

 「名探偵 座頭市」と言っていい安手の設定に既視感があればあるほど、演者の力量が試される。ひと匙でお菓子づくりが沈没するように、そこでは細心の留意が必要になる。一手間違えば、このシチュエーションは茶番へと落下する運命にある。

 福山雅治はセルフプロデュースに長けた表現者だ。本作がいかにリスキーな試みかは百も承知だっただろう。

 日本人FBI捜査官が、名声を後ろ盾に、スマートかつアメリカナイズされた物腰で、日本の警察の泥臭い捜査に乱入。主人公が盲目に陥った過去を巡る縦軸もあるが、主眼はハイテクを駆使した盲目捜査による一話完結の横軸だ。

 蕎麦が好きで「音で食す」とか、煮物料理は得意だが焼物は苦手など、なかなかにスレスレのユーモアを織り込みながら造形する人物像は、旧態依然とした刑事たちとの対比が基盤となっており、ズバリ洗練。五体満足の面々をダサく、視覚を有さず「助けの必要な」主人公をスタイリッシュに。このコンセプトは新しくないし、体現するのが福山雅治である以上、本来は安定感しかもたらさない。

 しかし福山は、そこに微細な揺さぶりをかけていく。ネットを中心にたちまち人気者になった「盲目の捜査官」の仄かな虚栄心を芝居に滲ませる。有名であることを捜査に利用する策略の鮮やかさでカムフラージュしながら、チラ見せしていく。こうしたさり気なさこそ、福山雅治という俳優の非凡さ。

 スタアのイメージが強い福山だが、彼は人物像を押しつける演じ手ではなく、その人物をかたちづくる周囲の環境を醸成するクリエイターなのだ。

 今回で言えば、盲目の捜査官に人はどのように接するかが重視されている。目が見えないということを逆手にとり、相手との現実的な距離をいきなり詰めたり、逆にあからさまに遠かったりという狡猾かつ姑息なやり口を、アクションとして可視化している。つまり、このような所作に対して人はいかに反応するか。言わば実験のようなことを繰り広げる。

 そこにあるのは単なる可笑しみだけではない。主人公の奥底にある、意外な泥臭さも垣間見せる。自身が培ってきた盲人としての処世術が決して綺麗事ばかりではないことを、ヒーローとしての仮面=ペルソナから、時にはみ出るように映し出す。

 他者が自分をどう捉えているか。それを引き出しながら、己がどうあるべきかを計算ずくで動いている姿は、観る側の洞察力を深める。そして、神経が鋭敏になる。また同時に、主人公は目が見えないが、わたしたち視聴者は見えているという視線の転倒と後ろめたさも生まれる。この陰影。すべて、福山の細部を意識した振る舞いによるものだ。

 福山雅治が繰り出す微細なコーディネートに較べれば、事件の概要や警察内部の情況などは大雑把すぎる。だが、このあたりは落差によるデフォルメとして積極的に捉えるのが吉。

 そうした中、主人公の内面を批評的に捉えた事件が起きたのがEp.5「忘れられない味」。料理系インフルエンサーの、哀しく侘しい実態を描く。派手に見えるインスタグラマーの、あまりにも地味な努力の数々が(ほぼ)人情物として紡がれる物語は、盲目の捜査官の表の顔と裏側の真実とリンクして、さざなみが立ち上がった。

 福山雅治の物真似でも知られる大泉洋が(物真似も交えながら)あくまでも硬派な演技で作品を下支えしている妙味も的確。

 縦軸には興味が持てないが、人間の能力の可能性にスポットを当てるドラマが、わたしたちの脳をまさぐる仕掛けに満ちている点は特筆に値する。

予告編

今回ご紹介した作品

ラストマン―全盲の捜査官―

放送
TBS系にて毎週日曜よる10時~放送中
配信
TVer、TBS FREEにて最新話を1週間無料配信中
Paraviにて全話配信中

情報は2023年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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