相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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リクエスト

離婚しようよ

2023/07/06公開

名優・錦戸亮の帰還

Netflixシリーズ「離婚しようよ」独占配信中

 名優・錦戸亮が還ってきた。
 映画『羊の木』の吉田大八監督との再タッグ『No Return』(2020年/Amazon Music Originalの15分短編。Amazon Prime Videoで視聴可能)では堂々たる映画スタアぶりを発揮していたものの、長尺の映像フィクションはここ4年ご無沙汰だった。
 現在、『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(NHK)が放映中。そして、『離婚しようよ』(Netflix)全9話が2023年6月22日、一挙公開された。
 みじろぎもせず。名優は、いま、キャリア最良の時を迎えている。沈黙はむしろ、稀有な表現力を熟成させた。

 『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』では、不在の父親を演じている。ある時は、家族の守護神として、ある時は、臨終間近の回想場面で、彼は登場する。
 無念の、突然の病死を遂げた父。彼は霊として、今も家族を見護るが、彼の姿は、ダウン症の息子しか感じとることができない。
 一歩間違えば、お気楽なファンタジーに堕しかねない。だが、錦戸亮は理屈を超えた軽やかな存在感で、作品全体に独自のリアリティを付与した。
 第6話では、遂に主人公である娘の目に、父の姿が映り込む。七転八倒しながら、自分の道を進む彼女の前に、父は降臨する。
 娘が父に最後にかけた言葉は罵倒だった。彼女は今もそれを後悔している。この後悔が彼女を前に進めなくさせている。
 錦戸亮は、主人公の後悔を、これまでを、そして、これからを、すべて受けとめるように微笑んでいる。みじろぎもせず微笑む。微笑み続ける。
 微笑みには圧はない。だが、平然と娘を目を合わせ続ける父親の眼差しはどこまでも力強い。力強い優しさ。
 微笑というものの、神聖な、そして永続的な耐久性がそこには敷き詰められており、わたしたちにとってそれは気が遠くなるほどの体験となる。
 霊を演じているから神聖なのではない。
 錦戸亮の表現が神聖なのだ。

 彼だけが歩いている道がある。その轍の上で、ふと佇んでいる。そんな特別な風情は、これまでの出演作にもあった。だが、今の錦戸亮は唯一無二の輪郭が、破格の域に達している。しかもそれは硬直化したものではなく、極めて冷静で柔軟性のあるもの。
 『離婚しようよ』では、錦戸亮にしか編み上げられないオリジナルなキャラクターを創出している。

 『離婚しようよ』は、宮藤官九郎と大石静の共作が話題のドラマだ。日本を代表する脚本家二人が、2世議員と女優の夫婦が離婚するまでを、息もつかせぬテンポで描き切る。
 メリハリの効いたキャラクターたち、シリアスに落ち込むことなくバウンスし続ける連続性は、クドカンならではの雑食的スピーディさ、大石静の緻密なストーリーテリングが折り重なることで、破格の見応えを保証する。
 特筆すべきは、不倫をポップに描いている点で、これは地上波ドラマではほぼ不可能だろう。また、選挙戦や芸能界の内幕にもある程度切り込んでおり、こうした点はスポンサーに頼らないNetflixならではの自由が活きている。
 松坂桃李扮する二世議員が女子アナと不倫したことから、主人公夫婦に危機が訪れる。愛や絆が危うくなるのではなく、夫婦仲をアピールできなくなることで、それぞれの存在価値は不自由になる。
 つまり、プライバシーではなく、オフィシャルな外ヅラに支障をきたす。政治家にせよ、女優にせよ、私生活は商品の一つ。わたしたちは、子供ではない。流布されている夫婦仲に信憑性などないとわかっていながら、ひとたびスキャンダルが起こると「けしからん!」と怒ってみせる。あたかも「庶民」の役割を演じるかのように。茶番に茶番を重ねる、そうしたメディア構造も明るみにしていく作劇は痛快だ。
 仲里依紗演じる女優は朝ドラでブレイクし、順調に国民的女優に育った。地元・愛媛をこよなく愛するおぼっちゃま政治家とゴールイン。毎週欠かさず、YouTubeチャンネルを更新。夫婦揃って笑顔を振りまいている。
 言ってみれば両者はビジネスパートナー。だが、どちらも、ざっくばらんに割り切れるほどクールなわけではない。そこから一筋縄ではいかない七転八倒の物語へと突入していく。

 錦戸亮は、女優の恋のお相手を演じている。
 出逢いはまさにドラマ的で、ほとんどパロディの域にある。
 なんと一人で歩行中の女優の前で、その男は転ぶのである。ただそれだけだ。
 女優は男の煙草の残り香に、奔放な母親の記憶をまさぐられる。
 一目惚れしたのは男の方で、翌日、同じ場所で女優を待ち伏せ。声をかける。しかも、男は彼女が女優であることを知らなかった。それくらい世間ズレしているのだ。
 なんという陳腐な設定!
彼はパチンコで生計を立てており、芸術家として作品作りに勤しんでいる。ポップさのカケラも、ヴィヴィッドな新鮮さも一切ない作品群は、売れていない。だが、彼はめげずに、ある確信の下に、創作活動を続けている。

Netflixシリーズ「離婚しようよ」独占配信中

 直球すぎるキャラクターも、気恥ずかしくなるようなシチュエーションも、錦戸亮が体現すれば、不動の深遠さが生まれる。
 深遠さとは何か。
 無職の髭面男に、観る側(わたしたちもまた出逢ってしまったのだ)が価値を与えていく。その愉悦のことだ。
 女優をイメージしたというオブジェをプレゼントする彼、恭二。女優は、そのアートを理解することはできない。だが、彼に魅了される。戸惑いながらも、魅了される。戸惑っているということは、つまり魅了されていることなのだと、わたしたちは知る。
 そうして、わたしたちも、戸惑いながら魅了されていく。
 恭二の背景は明かされない。無論、錦戸も説明的演技はしない。だが謎のプレイボーイではない。ある苦悩と共に彼が生きていること。しかし生きることに臆せず堂々と日々を送っていること。ひとりの人間の核と本質だけが浮き彫りになるように、錦戸は表現している。
 みじろぎもせず。
 虚飾を廃し、裸でそこに立っている。
 そっけない態度も、「来てくれてありがとう」も、すべて全力なのだ。
 超然としているわけではない。格闘している。揺れ動いている。だが、その姿は、賢者を思わせる。
 二世議員、女優、エリート弁護士、元・女子アナ……俗物だらけの世界観の中で、恭二だけが清冽な覚悟を感じさせる。

 錦戸亮のしなやかで強靭な演技は、恭二に、賢者の側面と、一途さの中にある微かな生臭さを、同時に与え、人間のあらゆる愚かしさを肯定してみせる。
 つまり、愚かな自分を全力で生きること。そのことによって、他者の愚かしさを抱擁するのだ。
 なぜ、そんなことが起きてしまうのか。

 やはりここでも、彼だけが別なゾーンにいる。そうして作品に付与されるものは計り知れない。

基本的にはアップテンポなドラマが、恭二のシーンだけ、ふと立ち止まる。わたしたちは、めくるめく渦の中で、不意に我にかえる。

Netflixシリーズ「離婚しようよ」独占配信中

 錦戸亮=恭二が目を合わせてくる。彼が、形容不能な不安定な顔をしている。ただそれだけで、わたしたちは神聖な気持ちになる。だが、それがなんなのか、まだ名付けようがない。

 まなざしが丸洗いされるような心地よさ。手洗いの仕上がり。気づきによる、新しい地平。

 名優の帰還を心から歓びたい。

 まだ、映像演技には可能性がある。その真実を、錦戸亮は愚直に証明している。全てを投げ打つような、素っ裸の純情で。躊躇なく。みじろぎもせず

予告編

今回ご紹介した作品

離婚しようよ

配信
Netflixにて独占配信中

情報は2023年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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