地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。
※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。
最高の教師 1年後、私は生徒に■された
2023/08/12公開
とにもかくにも、松岡茉優に全権を委ねたスタッフ陣に、喝采を叫びたい
松岡茉優は、現代日本を代表する女優のひとりである。
彼女と映画『劇場』で顔を合わせた行定勲監督は、先頃発刊された自著「映画女優(ヒロイン)のつくり方」(幻冬舎新書)の中で、松岡茉優を“脅威”と表現している。つまり、それ程の表現者ということだ。
彼女の主演作『蜜蜂と遠雷』でわたしはオフィシャルライターを務めた。
松岡がクランクアップする日、映画のファーストシーンが撮影された。撮影場所のスケジュールでやむなくそうなったわけだが、これは通常ではありえないこと。しかし、この女優は、それまで積み重ねてきたすべてを逆算し、この作品が“どう始まればよいのか”その最良の表情を導き出し、提示した。そのありようは、役者のみならず、既に演出の領域にある振る舞いに思えた。事実、映画の最初の場面は、松岡茉優の言語化不能な面持ちに、全ての観客は引き寄せられ、没入することになるだろう。そして誰も、あの演技が最終日に撮られたとは思わないはずだ。
常に想定を超えてくる女優・松岡茉優に相応しい文言を、わたしは見つけられずにいた。だが、主演ドラマ「最高の教師 1年後、私は生徒に■された」を観て、思う。
彼女を形容する言葉は、“戦慄”である。
本作は、卒業式の日、何者かに墜落死させられた高校教師が、それまでの1年を“やり直す”物語。時空は超えているから、一種のタイムスリップものではあるが、SFファンタジーの匂いは皆無。“やり直し”の目的は、自身の死を回避することにあるが、決してポジティヴィティが漲っているわけではない。むしろ、うんざりするような学校生活を、異様な責任感と共に、もう一度、辿っていく過酷さが際立つ。
主人公は、1年前、結婚していたが、1年後は離婚している。この結婚生活も、何とかやり直そうとする。それと同時に、経済的な事情で、転校した生徒もいる。その生徒の転校も、どうにか阻止しようとする。つまり、過去を変えることで、自分の死という未来も変革しようとするのだ。
こんな風に、あらすじを書けば、新手のゲーム感覚かと思うかもしれない。だが、主演は松岡茉優だ。そんなぬるいドラマになるはずはない。
あくまでもクールに、淡々と、歯車の狂ったクラスのありようを、時には強制的に矯正していく様には、賛否の余地があり、とても“最高の教師”と呼べるようなものではない。作品タイトルは、逆説であり、鋭いブラックジョークでもある。
手段を選ばず、己の確信を遂行していく迷いのなさは、映画『告白』で松たか子が体現した復讐教師に通ずるものもある。
だが、松岡茉優は主人公を決してダークヒロインにはしない。
彼女がここで見せているのは、責任感という悪魔に我が身を捧げた教師の強靭な魂である。
己の私生活の行方も委ねられているとはいえ、その求心的な行動力は常軌を逸している。だが、この女優は絶対にクレイジーな方向には向かわない。きちんと地べたの上に立ち、わたしたちが“世界”と信じて疑わない場所から、離れたりはしない。むしろ密着する。汗をかかずに密着するのだ。その、狂おしいほどの距離感。
松岡茉優は、どんな役を演じていても、あらゆる煩悩と共に、生きている。だから、役にはあって当然の“美化”が一切、見当たらない。
苦悩も自虐も後悔もグダグダも全て、その人がその人であるために欠かせないものとして、等価に体現している。分別しない。分別できないものが、その人固有のアイデンティティであり性格であることを、わたしたちは知る。
彼女は、人間の資質を、強さ/弱さと分別することもない。善悪などないのだ。それでも生きていることを、演じながら凝視する。
結果、非情な逡巡や、容赦ない受容といった、ドラマや映画では見たことのなかった風情が立ち上がる。その、ありきたりの感情には分類できない、松岡茉優ならではの“頑なな魂の凝固”に出逢った時、わたしは戦慄する。
絶望と希望がデッドヒートするこのドラマを見つめる時、視聴者は、教師という職業や倫理、責任感という概念を一新するだろう。また、これまで信念と呼んできたものについても、再考を余儀なくされるだろう。
鋼鉄のようでいて、一瞬にして砕け散ってしまいそうでもある松岡茉優の人物造形は、だから目が離せない。
途切れることのない緊張感が持続しそうな「最高の教師」。芦田愛菜をはじめ、生徒たちも好演しているが、とにもかくにも、松岡茉優に全権を委ねたスタッフ陣に、喝采を叫びたい。どうか、松岡茉優の新しい代表作になりますように。
今回ご紹介した作品
最高の教師 1年後、私は生徒に■された
- 放送
- 日本テレビにて毎週土曜22時~放送中。
- 配信
- TVerにて最新話を1週間無料配信中。
Huluにて過去話を配信中。
情報は2023年8月時点のものです。