相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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何曜日に生まれたの

2023/09/06公開

野島伸司らしい底意地の悪さが現代的にアップデートされていて、めっぽう面白い!

 8月というイレギュラーなスタートだが、「何曜日に生まれたの」がめっぽう面白い。

 失礼ながら、野島伸司のことを20世紀の脚本家だと思っていた。確かに「高校教師」や「未成年」などセンセーショナルなドラマで一時代を築いた。しかし、近作はほとんど注目してこなかった。

 ところが、本作には不思議な感触のタイトルがもたらす謎の予感をはるかに上回る、連ドラならではの成果がある。野島伸司らしい底意地の悪さが、極めて現代的にアップデートされている。作家性は健在だが、その作家性に固執していない。むしろ軽やかに戯れており、自閉がない。現代に対するアプローチの自由度が高いのだ。現代に媚びているわけではなく、野島ならではの視点で現代を捉え、自由闊達に遊んでいる趣。それが、解放感につながっている。

 さまざまな悪意を含有させながら、とても伸び伸びとしている。これはSNSの時代だから可能になった、フィクションの提示でもある。とにかく、何から何まで上手くいっている。意気揚々とした作品の作りは、微笑ましく、愛らしいほどだ。

 引きこもりの陰キャだった女性。彼女の父親は売れない漫画家だが、雑誌編集長の一計で、売れっ子ラノベ作家を原作者に迎え、起死回生の新作を手がけることになる。ラノベ作家は、漫画家の娘の境遇に興味を抱き、彼女を現実生活において「再生」させる過程を、ストーリーにしようと思いつく。そこに作家の世話役で写真家の女性(編集長の妹)も加わり、陰キャ再生計画が、脳天気に繰り広げられていく。

 こうして書くと随分回りくどい設定だが、まるでマジックのようなテンポで、あれよあれよという間に、物語は展開する。鼻持ちならない、嫌味なシチュエーションではないか。そう感じる人もいるかもしれない。当然だ。本作は、悪意の実在を根底に据えているからこそ面白く、また、現代的なのだから。

 他人の人生に群がり、その動向に喝采を叫ぶ。この状況がSNSに酷似しているのは偶然ではなく、確信犯。それぞれのキャラクターに損得の因果関係はあるものの、全員、ヒロインの人生を実験のように変革していくことに愉しさを見い出していることはもはや間違いない。

 つまり、ラノベ作家はネタが欲しいし、編集長はヒット作が欲しいし、漫画家はスランプから脱したい。だが、そうした表向きの欲望の裏に、真の欲求がある。そう、他人の人生に関与し、支配していると錯覚するのは、こんなにも面白いことなのだ。この、誰もが知っていながら、禁忌として公には認めようしない、無意識の野次馬根性だけで、この連ドラは今のところ出来ている。悪意を隠そうともしない明るさには、潔ささえある。

 ヒロインは、高校時代、サッカー部のマネージャーをしていた。その時、エース選手と一緒にバイク事故に遭い、それがトラウマとなり、引きこもりの契機となった。サッカー部の面々との再会。そこから明るみになるドロドロの人間関係も、ドラマはあくまでもあっけらかんと紡ぐ。その、正体不明の余裕。

 グロテスクと言えばグロテスクだが、それぞれのキャラクター造形の不確かさが、ファニーなスパイスを振り撒き、素敵な妙味が生まれている。

 とりわけ興味深いのは、実の娘の人生を実験台にしている漫画家の、腰は低いのに、後ろめたさは一切ない父親像。あからさまに狂気を漂わせるわけではなく、あくまでも日常感覚で、何かが明らかにズレているこの人物を、白髪の陣内孝則が本当に愉快に演じている。

 また、プライドが高く、波瀾万丈な己の人生も得意げに語る編集長は、まさにSNS時代の観客の自画像であり、シシド・カフカの濃ゆい芝居と共に、わたしたち視聴者の深層心理が炙り出される快感がある。つまり、このドラマは痛快であると同時に、観る者をマゾヒスティックにさせてくれるのだ。全盛期のデヴィッド・リンチなみのエンタテインメントである。

 節操のない大人たち(父親も含む)に食い物にされるヒロインが、決して悲劇の主人公に堕さないことが、本作最大の勝利だろう。彼女の過去は、あからさまに被害者的なエピソード満載だが、決して一つの像には集約されない。それは、とりもなおさず、飯豊まりえが体現する女性に、並々ならぬ鈍感力が備わっているからだ。

 かつて、タフなヒロインの時代があった。強い女がもてはやされた。だが、これからは鈍感力で勝負だ。

 SNS時代の戯画に、超絶・鈍感力ヒロインを惑星直列させた野島伸司の野心が、これからどこに舵を切っていくか。目が離せない。「何曜日に生まれたの」は、まだ前半戦なのだから。

今回ご紹介した作品

何曜日に生まれたの

放送
テレビ朝日系にて毎週日曜22時~放送中
配信
TVerにて最新話を1週間無料配信中。

情報は2023年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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