相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜

2024/1/16公開

市川実日子は国の宝と呼んでいい、唯一無二の女優だ

 独立独歩、淡々とキャリアを積み重ねてきたモデル/女優だが、気がつけば破格の存在と化している。

 近年ではなんと言っても「大豆田とわ子と三人の元夫」での名演が圧倒的。主人公、とわ子の親友かごめを演じ、ドラマの中盤で謎の死を遂げ、複雑な味わいの後半の通奏低音となった。かごめの姿は画面にないのだが、観る者はかごめの存在を反芻しながら、作品の行方を見守った。とわ子に扮した松たか子の芝居力によるところも大きいが、【不在】にアイデンティティが滲むのは市川実日子の唯一無二の個性によるものだろう。

 かごめは捻くれ者で、それなりに壮絶な過去がある。しかし、何事もなかったように風来坊として生きている。とわ子の元夫のひとり(松田龍平)に想いを寄せられながらも軽くかわす。その底辺にはLGBTQに関わることもあるのではないか、と想像させながらも【核心】は明かさず、生きものとしての【本音】は仕舞い込む。それが品性でもり、性格でもあるように表現する。そこには、大らかさと節度が共にある。ポーカーフェイスがカムフラージュではなく、無意識が漏れることへの慎重な対処ではあるかのようにも思わせる。

 市川実日子の発語と発声はあっさりしているが、単にカジュアルなのではなく、知性を知性と感じさせない抑制の趣がある。知性が知性として悟られてしまった瞬間、それははしたなく下品なものになってしまうことを知っているかのようだ。

 2022年のparaviオリジナルドラマ「それ忘れてくださいって言いましたけど。」に続く主演ドラマとなる「À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜」で市川実日子は孤高の柔軟性で、わたしたちを驚かせる。

 タイトル通り、歴史上の実在人物が愛したとされる料理を、現代日本で可能な食材で再現、食べる。主に、ベタベタしていないが仲の良い夫(中島歩)と一緒に作り、食べるが、夫が不在の場合もある。本作の独自性は、ゲストの顔ぶれが全て女性であること。それも市川実日子より年長の女優が多い。マリー・アントワネット、ソクラテス、ヴィクトル・ユーゴー、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ベートーヴェンらが好んだレシピが披露された。

 スレンダーなルックスや身体のビジュアルも大きいが、市川実日子は元々、性が強調されることのない女優だ。たとえば【女性らしさ】と呼ばれるような、窮屈なカテゴライズからあらかじめ自由。フラットだが、いわゆる中性的というのとも異なる。彼女のフラットさの魅惑は、全く別のところにある。

 料理前後の【対話】こそが主眼と思われるこのドラマにおいて、市川実日子は独り言も含め、相手に問いかけ続ける。その姿は能動的だが、むしろ、相手の答えを受けとめる際の、さり気ない抱擁のニュアンスに、彼女ならではのものがある。

 クレオパトラが愛したパンとモロヘイヤスープ、そして牛肉のロースト&ボイルが振る舞われる第11話では、大学で事務員をしている主人公と教授(神野三鈴)のやりとりが記録された。主人公の大学時代のゼミの先輩であったこの教授は、夫と複雑な夫婦関係を続けている。このことについての、緩やかだからこそ真摯な問答がドラマの前半に据えられる。

 先輩後輩という関係性は守りながらも、女性同士で人間同士であるリレーションシップを、市川実日子は最小限のリアクションで体現する。

 教授とは対照的な夫婦を生きているはずの主人公から、その瞬間、哲学的な惑いがこぼれ落ちる。

 あからさまに感情的になるわけではない。眼に見えるダメージを醸し出すわけではない。そうではなく、平穏無事に生きているからこその【綻び】の可能性がふと生じたその余韻を、市川実日子は垣間見せる。

 残る苦味をなかったことにせず、けれども洗い流すこともなく、その残響と共に一緒に生きていく平常心の気概。

 わたしたちもまた、そんなふうに日々を生きていることを、市川実日子は気づかせてくれる。

 市川実日子の近作はどれも食と密接な関係にある。
 食べる場面が沢山あった「大豆田とわ子と三人の元夫」。主人公がプリンを完成させるまでの数時間の物語「それ忘れてくださいって言いましたけど」。

 どんなに時間をかけても食べればなくなってしまうもの。
市川実日子は、食事の【読後感】に似ている。

  誰かと過ごす時間。ひとりで送る時間。儚くも、確かに存在した【名残り】を、彼女は拭うことなく、ひたひたと感じさせてくれる稀有な女優だ。

今回ご紹介した作品

À Table!〜歴史のレシピを作ってたべる〜

配信
Amazonプライムビデオ、U-NEXTほか

情報は2024年1月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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