相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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ミス・ターゲット

2024/7/8公開

松本まりかが見せる、これが本当のハッピーエンド

 元結婚詐欺師が飾らぬ和菓子職人と出逢い、恋におちる。

 カタギではない男たちを騙し、しかし恨まれることなく、愛の伝道師として想われつづけ、しかし誰にも身体は触れさせない。

 そんなヒロインが、裏稼業に見切りをつけ、ほんとうの婚活をはじめる。

 古風というより地味。王道というよりオーソドックス。

 昨今の婚活事情を踏まえながらも、決して闇には踏み込まず、明るく人情味のある下町の光景で、浮世離れした物語を包みこむ。

 和菓子職人の父親は、結婚詐欺を追い続ける辣腕刑事で、やがて息子が好きな女性を捕えることになることが、初回冒頭で示される。そこには若干のミスリードもあるが、主人公がやがて過去の罪で逮捕されることに視聴者はむしろ安堵するだろう。

 そう、これはハラハラドキドキするための連ドラではない。和菓子を頬張ってほっこりするような優しい作品なのだ。今時珍しいほどの。

 誰かと誰かが結ばれる時、別な誰かが傷つく。

 この真実を、多彩なキャラクターたちに寄り添いながら、きちんと描く。
嫉妬やアクシデントも生じるが、真のワルは登場しない。誰もが人間扱いされている。元結婚詐欺師を犯罪者扱いしないように。

 正直、新味はない。温故知新というわけでもない。

 かつてはこのようなドラマがたくさんあった。なんとなく時代にあわなくなり、希少価値に。コンビニ・スイーツが町のケーキ屋さんより美味しいものを提供するようになった現代、懐かしの駄菓子に郷愁をかられる……そんなふうに楽しんだ視聴者も多いのではないか。

 しかし「ミス・ターゲット」最大の見どころは、主演、松本まりかの前例のない演技アプローチにある。

 もちろん、荒くれた男たちの純情を手玉にとる愛くるしさは満点。絵に描いたような媚びやあざとさは、ルーティンな作戦スタイルとして昇華されているため、それ自体が魅力なわけではない。そもそも物語は彼女が結婚詐欺から足を洗うところから始まっている。たとえば、生まれながらの魔性を兼ね備えた女性ではないのだ。

 コメディともファンタジーとも受けとれるフォーマットの背景には、性善説が真っ当に仕舞い込まれている。まるで昭和のテレビのように。

 通常であれば、この素晴らしき世界を象徴するようなベタなヒロイン像が本作を牽引するだろう。しかし、松本まりかの芝居のありようには、昭和にも平成にも令和にも20世紀にも21世紀にも属さない新しさがある。すなわち、時代とは無関係に、彼女は光り輝いている。

 役者であれば、誰もが詐欺師役を一度は経験したいと思うだろう。なぜなら、詐欺師ほどダイレクトに‟演じる”という大命題に直面せざる得ないキャラクターはないからだ。

 しかし、前述したように、これは松本まりかが結婚詐欺師を‟演じる”ことに主眼がある作品ではない。恋愛にもつきものの騙し騙されの駆け引きは皆無と言っていい。主人公はただ、愛しい人に自分が詐欺師だったことを隠しているだけ。恋する者がすべて、相手に対して何らかの秘密を抱えるように。

 連ドラらしく、毎回、些細なことで、すれ違いが生じる。ヒロインは、想いとは裏腹な言動をして、もう和菓子職人とは逢わない(逢えない)と決める。しかし、言うまでもなく、次の回では、何事もなかったように、ふたりは逢う。さまざまなご都合主義に導かれながら。

 こうしたお決まりの構造をどのように乗り切るかが、演者の腕の見せどころなのだが、松本まりかは、ここで驚くべき風情に到達してみせる。

 なんと、彼女は毎回、それが主人公に初めて起きた出来事のように演じている。ことによると前回までに積み重ねてきた和菓子職人とのエピソードすべてを‟忘れてしまった”のではないか、と思わせるほどの初々しい表情を浮かべている。

 もちろん、またしても、想いとは裏腹な言動をするのだが、そんな振る舞いは生まれて初めてしてしまった……というような真新しい残像がその都度ある。これは、彼女が結婚詐欺師だったからなのか、それとも、そのような(ある意味、忘れっぽい)女性だからなのか、たのしい混乱に襲われる。だが、どう考えても、松本まりかという女優がそのように芝居を構築していることに気づかされる。

 そこに、マンネリは存在しない。これって無限ループですね? というセリフが劇中にはあったが、それはループではなく、その都度、二度と見ることのできない相貌の万華鏡だった。

 百面相ではなく、人は誰もが‟初めての時”を生きているのだ、という根源のときめきを、松本まりかは無限の表情で見せている。

 繰り返しに過ぎないような日常の中でも、人は無意識のまま、何かに出逢い、何かを感じ、恋する者たちであれば、一瞬一瞬、相手を発見し、自分を発見しているのだということ。それを彼女は表現していた。

 後半、ヒロインは逮捕され、獄中生活を送る。出所してからは、ややスロウペースの生活にはなったが、第二の人生においても、毎日、毎回、毎時、‟初めての顔”を垣間見せた。

 言うまでもなく、ハッピーエンドである。

 だが、たとえ詐欺師でなくても、人には無数の表情があり、それはその都度更新されているのだと教えてくれた松本まりかとの出逢いこそが、わたしにとってはハッピーエンドだった。そう、毎回がハッピーエンドだった。

今回ご紹介した作品

ミス・ターゲット

配信
U-NEXT、Prime Video

情報は2024年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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