相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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西園寺さんは家事をしない

2024/8/26公開

知性と知性でかたちづくる新しいコミュニティドラマ

 これは、2021年の「大豆田とわ子と三人の元夫」「オッドタクシー」以来の快挙かもしれない。完全オリジナルだったあの2作とは違い、漫画原作ではあるが、ドラマとしての独創性(独走性!)が現代と普遍の双方に向かっており、そのバランス感覚が絶妙にして完璧。

 むやみに斬新なものを狙うわけではなく、設定・展開はオーソドキシーを重視。太い幹から派生する枝葉に、人物造形やコミュニティのモデルプランの可能性を加味していく。その筆致に、嫌味皆無の知性が備わっている。ここが最大の勝利ポイントだ。

 アプリ開発の世界で大きな成功をおさめつつある独身女性。家事なしの生活を追い求めた結果、彼女は一軒家で犬と一緒に暮らすことを決める。そんな主人公の会社に、アメリカ帰りのエリートエンジニアがやって来た。彼はシングルファーザー。火事で住む場所を失った親子のために、部屋を提供することから物語は始まる。

 どこかで聞いたことのある、呑気なシチュエーションだと感じるかもしれない。しかし、その想定はことごとく外れていく。前述したように、奇を衒った作品ではない。だが、わたしたち視聴者がルーティンだと思い込んでいたものは、見事に解体、脱臼されて、再構築。使い古された‟共同生活もの”が磨かれて、目にも鮮やかな宝石と化す。

 向こう見ずで一直線。猪突猛進なヒロインには、幼い頃、母親が家出した過去がある。彼女が家事を避けている背景に、このことはあるだろうが、安易に因果で結びつけてはいない(本稿は第4話まで視聴後に書かれている)。この節度。そして、エンジニアの父は妻を喪い、その娘は母を米国で喪った。父は自責の念に駆られ、まだ4歳の娘は事実を受けとめきれていない。だが死因は明らかにされない。‟病死”とだけ、別のキャラクターによって語られる。これも節度だ。

 つまり、悲劇を悲劇として外側に追いやってしまうのではなく、登場人物が内包するものとして大切に取り扱い、その上で明るく元気な擬似家族(劇中ではやや自嘲気味に‟偽家族”と呼んでいる)コメディの体をとる。これは非常に高度な技であり、一歩間違うと何をやりたいのかわからなくなる可能性があるが、脚本、演出、演技、どれ一つとして出しゃばることなく、誠心誠意力をあわせるチームプレイによって、序盤で早くも名作の風格を獲得している。

 シルバニアファミリーを、‟偽家族”が仮託する象徴=アイコンとしてサブリミナル的に挿入、人物たちの心象に柔らかく触れていく、品よく豊かな彩りは、アメリカンインディーズ映画の秀作を思わせる卓越したセンス。カラフルな切なさが底辺に敷き詰められており、切羽詰まったシリアスさには絶対逃げ込まない。この佳き抑制を支えているのは、言うまでもなくキャスト陣だ。

 松本若菜は、これが代表作になるだろう。振り切れているようで振り切れていない、何か‟落とし物”をしたまま、大人を‟演じている”主人公を、誰もが愛さずにはいられないポジティブなエナジーで体現。コミカルさをキープしながら、行動力の後ろ側に隠されたサムシングを想像=創造させてくれる。弾けるような妙味は唯一無二。第4話では、内在する欠落に対しての自覚を吐露するシークエンスもあり、目を見張った。

 まだ4歳だという倉田瑛茉の演技にも唸るしかない。霊感があるという設定だが、おそらく亡き母を幻視しているのではないか、と思わせられる瞳の野生味が、ドラマ最上のスパイスとなっている。松本若菜との二人芝居では、しっかり一人の女性としての複雑な感情を垣間見せる。演技とは言葉にならない内面を可視化することなのだという原点に遭遇する想い。

 ふたりの女優を見護る松村北斗は、いわば作品のパースペクティブを決定づける存在と言えるだろう。松本若菜が伸び伸びと演じるためには、そして倉田瑛茉が類稀なる求心力を発揮するためには、松村の冷静沈着な空間に対する見極めが必要であり、彼はこの責務を立体的に繰り広げ、度肝を抜く。静かな役だが、初回では感涙する様を見せ、ドラマと視聴者の感情の襞を着実に結びつけた。合衆国帰りのため、‟距離が近すぎる”と主人公に揶揄されるキャラクターだが、松村北斗にはむしろ、相手役との距離感に最大限の留意がある。とりわけ遠くから見つめるまなざし、その上で近づいてくる歩行速度、そうした身体のありようから人物を体感させる。深く深く頭を下げることが常態化しているこのキャラクターもまた、ドラマの節度そのもの。松本若菜が‟偽家族”のプランを思いついた際、立ったまま微動だにせず、彼女の提案に耳を傾ける姿も、作品の品性が香った。

 本作の大きな魅力の一つが、知性と知性の語らいで構成されていること。主人公もシングルファーザーも、エリートだ。ふたりには頭脳も行動力もある。しかし、それだけではどうにもならない‟欠落”を、「西園寺さんは家事をしない」は丹念に見つめる。決して手を抜かず、そして、どんな困難に直面しても知性を手離さない誇り高いありように、視聴者のひとりとして身が引き締まる愉悦がある。

今回ご紹介した作品

西園寺さんは家事をしない

放送
TBS系で火曜22時~
配信
U-NEXT、TVer

情報は2024年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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