相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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宙わたる教室

2024/11/1公開

従来の教師像を塗り替える窪田正孝の表現

 刑事(捜査)もの、医師(病院)もの、教師(学校)もの。これらは、今も昔も連ドラの定番だ。時代劇は「大奥」やNHK作品など以外はほぼ姿を消したが、刑事・医師・教師の業界三本柱は、キャストを入れ替え、時代性に左右されながらも、大元のところはさしたる変化もないまま、昭和・平成・令和を生き延びてきた。

 もはや、お茶の間という概念は消滅した。しかし、どっこい存在している連ドラを支える層は、むしろこうしたジャンルドラマに抜本的な改革は望んでいないかもしれない。その時々の流行りや風俗は取り入れるものの、たとえば警察もので言えば「踊る大捜査線」「ケイゾク」のようなエボリューションはなかなか登場しない(できない)。

 ジャンルドラマが一向に変わり映えしないのは、刑事と容疑者、医師と患者、教師と生徒の関係性が固定化しているからだろう。どうやら、リレーションの硬直が安心感を保証すると、視聴者も作り手も思い込んでいる節がある。今期も進化を拒否しているような旧態依然のジャンルドラマが散見される。

 刑事・医師・教師ものは、かつての時代劇のようなものだ。時代劇における勧善懲悪のごときルーティンにがんじがらめになっている(しかし、時代劇の全盛期にはアヴァンギャルドなものも存在した)。そのような状況下、つまりマンネリズムのその先の退廃を打ち破る意志がみなぎる作品が現れた。「宙わたる教室」。これは志が高く、大いに期待できる。

 構造的な新しさは特にない。舞台は定時制高校であり、集うのはいずれもワケありの生徒たち。エリートコースを自らの意志で離脱したらしい担任教師もまたワケありの様子だ。

 夜の学校がスネに傷のある者同士の交流の場になる……と思わせるが、全くそうはならない。今後そうなるかもしれないが、しかし情愛に訴えかけるようなありきたりの方法は選ばないだろう。

 毎話、ひとりの生徒のエピソードがメインとなると思われる。これもこれまでのパターンではある。しかし、教師像が定型を塗り替えている。いや、正確に言えば、主演・窪田正孝の演技が、従来の教師ドラマから逸脱している。

 変わり者の教師など見飽きている。教師らしからぬ教師はむしろ最も保守的なキャラクターだと言えるだろう。窪田が体現しているのは、むしろ教師らしい教師である。

 初回の挿話で、主人公は、一人の生徒の矛盾に気づく。暗算は滅法得意なのに、文章問題には手をつけない。表面は満点なのに、裏面は白紙なのだ。テストは、採点するだけのものではなく、解答者の深層=真相を炙り出すためのものであり、場合によってはSOSのサインであり悲痛なメッセージでもあることを、わたしたちは知る。だが、こうした作劇も別に珍しいものではない。

 大麻の密売にも関与していると思われる金髪の生徒が今まさに学びへの意欲を失いつつあることに対する教師の姿勢と視線が非凡なのだ。彼の生活態度には一切、踏み込まない。つまり、道徳的な説教を垂れない。「あなたは聡明な人だと思います」と伝える。おだてているわけではない。適切な選択をしている。その上で、自身の推察を述べる。そこに安易な救済も、その場しのぎの誘いもない。「学校を辞めてどうするんです?」と硬質なカジュアルさで語る教師の問いかけはどこまでも具体的だ。

 多くの学校ものが、説教や救済や誘いによって、紛い物の希望を撒き散らかしてきたことへの冷静な反省が感じられる。絶望している者に希望を説くのではなく、できうる限り1対1で対峙する。ただ、圧はかけない。だが、ひるまない。相手に負荷をかけずに、しかし、にじり寄る。熱にも、クールネスにも頼らず、徹頭徹尾、当たり前に個人と個人であろうとする窪田正孝の芝居はどこまでも実在感があるが、同時にまだ誰も見たことのなかったものだ。

 ある時は、距離を詰める。ある時は、距離をキープする。ある時は、少しだけ遠ざかる。その全てに、策略も欺瞞も怠惰もブレもない。そんな教師の一言一言のやりとりに窪田は、高密度の呼吸で命を吹き込む。その動向と行方から目が離せない。

 そこに威嚇はない。見つめるわたしたちを窒息させるような振る舞いは皆無だ。なぜか。あふれんばかりの知性と智性が、演技表現において絶妙にコントロールされているからである。かなり生徒に接近する時もあるが、熱情に身を任せたりは絶対しない。主義主張ではなく、その都度、適切な方法を選択していくことが最良の道だと理解しているリアリストだからだ。

 もちろん理想はある。しかし、理想に足を掬われない。とことん真摯でありながら、ひたすら柔軟。そうした視座が持続する窪田正孝の演技を見ることは、人間と人間の対話の可能性を体感することであり、伝達すること=享受することの、たゆまぬ波動を知覚することに他ならない。

 名優、窪田正孝のさらなる進化と共に「宙わたる教室」が、どこまでの宇宙をわたりきることができるか。来るべき彼方に、今から胸が高鳴っている。

今回ご紹介した作品

宙わたる教室

放送
NHK総合にて毎週火曜22時~放送中

情報は2024年11月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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