相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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それぞれの孤独のグルメ

2024/12/2公開

井之頭五郎ともう一人の主人公が奏でる特別なハーモニー

 グルメドラマの大きな門を開けた、老舗中の老舗「孤独のグルメ」。その着眼、フォーマット、深夜30分ドラマの可能性などなど、後世に与えた影響ははかり知れない。現在放映中のあらゆるグルメドラマは「孤独のグルメ」の子、と呼んで過言ではないだろう。

 そのシーズン11。「テレビ東京開局60周年記念ドラマ」と銘打ち、大胆不敵な新境地を切り拓いたのが「それぞれの孤独のグルメ」である。主演、松重豊の構想・発案によるものだという。なんと、主人公・井之頭五郎のみならず、もう一人別な主人公が毎話登場する。同等の、ある時は五郎以上に印象的な、文字通り「それぞれの孤独のグルメ」が繰り広げられていく。

 言ってみればオムニバス・スタイルだが、それぞれの人物は五郎と束の間の接点を持つが、決して交流はしない。ほとんどの場合、言葉は交わさないし、すれ違うだけ、に近い回もある。つまり「それぞれの孤独」が遵守されているのだ。構造的には明らかに番外編であるにもかかわらず、ルールは徹底している。放映から12年、浮かれて逸脱するような真似はしない。しっかりした地盤を守り抜いてきたからこそ、長寿番組の矜持が保たれてきたのだろう。

「孤独のグルメ」と言えば、モノローグ。孤独に外食することの愉悦を、密やかなポジティヴィティと共に、つぶやくあの声。松重豊ならではの深みある美声が、偉大なるマンネリズムをより深いものとして味わわせてくれることはご存知の通り。この「それぞれの孤独のグルメ」では、毎話ゲストによるモノローグが加わることによって、独特のハーモニーが生まれている。最前線の演じ手たちは皆、モノローグが抜群に上手いことを、わたしたちはあらためて知る。それぞれの響きが折り重なることによって生まれる、本作でしか聴くことのできないモノローグのフィルハーモニーは、最小の弦楽重奏であり、それぞれがそれぞれで在ることのできるオーケストラとも言えるだろう。

 前述した通り、両者たちに馴れ合いは一切、ない。井之頭五郎の品格のあるシャイネスに呼応するかのように、他者に深入りするようなキャラクターは姿を現さない。この節度。アザーサイドから老舗ドラマの真髄を探り当てるようなお愉しみが、優雅な風をふかす。

 それぞれの仕事が細やかに描写されることによって、どのエピソードも演出の味わいが異なる。そこがいい。「孤独のグルメ」の懐が感じられる。町中華店主やタクシー運転手らは想定内だが、舞台が相撲部屋、サウナ、そして、こども食堂にまで広がっていく様は圧巻。各話が何らかの形でつながっている工夫も、これみよがしではなくシック。ドラマの人格は、そうした細部にも宿っている。天晴れだ。

 太田光の枯れた佇まい。板谷由夏の深遠な疲労。ユースケ・サンタマリアの非凡な平凡。いずれもが心に残る。

 来年1月には、松重豊が自らメガホンをとった『劇映画 孤独のグルメ』が公開される。威風堂々の急展開に、期待が高まるばかりだ。

今回ご紹介した作品

それぞれの孤独のグルメ

放送
テレビ東京系にて毎週金曜24時12分~放送中
配信
ネットdeテレ東、U-NEXT、Lemino

情報は2024年12月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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