相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

>プロフィールを見る

リクエスト

ホットスポット

2025/4/4公開

「驚きのない驚き」をもたらしたドラマ

 真新しい情緒に満ちた最終回だった。

 連ドラの最終回は難しい。
 大団円もどんでん返しもto be continued…ももう見飽きた。
 連ドラは最終回の前の回がいちばん面白く肝心の最終回は「やっぱりな」になるのが定番でそれもいい加減飽きた。
 出来のいい連ドラほど「いっそ最終回観るのやめよかな」と思うくらいである。こちらの想定を超えることはまずない。

「ホットスポット」の最終回は思いもかけぬものだった。
 だが斬新とかビックリとかそういうこれ見よがしなものではない。
 驚きがないということに驚くという言い方が正しいかもしれない。

 何かが起こりそうで何も起こらない。この定理と規則は初回でも提示されていた。設定は突飛だがそれをあくまでも日常として見せ筆致が乱れることはない。物語のアップダウンに作品の品格が左右されない。ずっとそのように継続されてきた。

 だから最終回で何も起こらなかったとしてもそれは当然と言えばあまりに当然ではあるのだがこの当然をぬけぬけとやり遂げ「驚きのない真の驚き」をもたらしたこのドラマの全スタッフ全キャストを心の底から讃えたい。

 これは快挙である。

 富士山がよく見える地方都市。小さなホテルのフロントで働いているシングルマザーが自転車で帰宅中に交通事故に遭遇しかける。窮地を救ったのは同僚の中年男性だった。自転車ごと持ち上げ瞬間移動。およそ人間技とは思えない。翌日シングルマザーは中年男性から告白される。「宇宙人なのね」。見るからに冴えない中年男性は宇宙人だった。正確に言えば地球で育った宇宙人二世。あくまでも地球人として生活しているがある程度の特殊能力をコントロールできる。が万能ではない。十円玉を曲げる技を見せた宇宙人を受容したシングルマザーは「誰にも言わないで」という約束をあっさり破り女友達ふたりに伝え宇宙人は彼女たちのために十円玉を曲げることになる。

 ホテルのフロントやそのバックヤードやファミリーレストランや喫茶店やスナックなど限られたシチュエーションで展開するバカリズム脚本による会話劇は一見コントのようだ。しかし日常の重箱の隅をつつきまくるキツツキのような女子コミュニティ(宇宙人も含め男たちは常にその外側に存在する)のありようはさまざまなことを問いかけてくる。たとえば極小の社会(性)。口の軽さは共有というよりはコミュニケーションにおける潤滑油である。だが彼女たちは全てを吐露しているわけではない。事実モノローグでも饒舌である主人公シングルマザーは自身の離婚の原因は決して明かさない。役割分担の速やかな遂行と関係性維持のための気負わない気遣いがおしゃべりの本質であることを女優陣(いずれも奇跡的な素晴らしさ!)は伸びやかに体現して息を呑ませる。おしゃべりは終わらない。そしてドラマも終わらないおしゃべりのように終わる。

 宇宙人は男性代表として(頼りないが情が深く他意のないホテル支配人など男性登場人物はかなり少ない)女子コミュニティのありように異議を唱えるがそれすらも呑み込まれファミレスおしゃべりの一部と化す。宇宙人の深刻な回想も涙涙の半生も女性たちは取るに足らない日常の一コマとして素通りする。男(たち)がドラマティックに受け取ってほしいと願う打ち明け話からことごとく劇性を取り外していく女子たちのバイタリティはひたすら爽快だ。

 未来人や超能力者も加わるがSFテイストが補強されるのではなく日常が増幅されていく。幾つかの困難が生まれ危険信号も明滅するが呆気ないほどするりと解決する。宇宙人は能力を行使するがそれだけが解決の要因だったり根拠だったりするわけではない。危機の回避を女性たちはただ眺めている。お菓子を食べながらおしゃべりをしながら。

 かなしいことが起こるかもしれない。
 さまざまな映画(『E.T.』への言及がある)に接してきたわたしたちは予感する。
 しかしかなしいことは起こらない。だが明るいだけのハッピーエンドではない。悲劇の裏返しとしての喜劇でもない。続きがありますよ的な幕切れでもない。

 ただかなしいことが起こらないという「驚きのない真の驚き」にわたしたちは直面する。それこそが未知との遭遇だ。

 終盤ある異物が紛れ込む。宇宙人はそれを察知する。だが何もしない。女性たちは気づいていない。何かが起こる。わたしたちは直感する。
 しかし何も起きないのだ。

 最終回におけるあらゆる演出とあらゆる芝居はことによると日本のドラマ史を変えたかもしれない。

 匂わせをしない魅力的な異性と会話していて思わず前のめりになるが軽くかわされる。しかしなんの不満もない。そんな不思議な多幸感がある最終回。

 アンチクライマックスの極北。

 ふつうの顔をしたふつうじゃないドラマ。
「ホットスポット」は(劇中で描かれるように)秘湯の源泉として君臨していくだろう。
 なんの影響も与えず孤高のままで。

今回ご紹介した作品

ホットスポット

配信
hulu、Netflixにて配信中

情報は2025年4月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

週刊テレビドラマTOPへ