相田冬二さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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グラスハート

2025/8/25公開

“近過去”の物語様式に現代的な磨きをかける


 佐藤健が共同エグゼクティブプロデューサーも兼ねたことで話題のNetflix「グラスハート」は、今後、連続ドラマというフォーマットがどのように継続し得るのかを問いかける、秀逸なテキストである。

 原作は1993年にスタートした若木未生による小説。そのためなのか全10話のドラマにも平成の印象が色濃い。劇中、バンドのマネージャーが言う。「今はSNSの時代なんだから、そんなプロモーションは逆効果よ」。だから舞台は令和のはずだが、バンドの司令塔は音楽番組へのサプライズ登場を強行する。今があたかも音楽番組が音楽業界を引っ張っていた平成であるかのように。生中継のバンド出演にはトラブルが生じるが、それを逆手に取ってゴージャスなパフォーマンスへと着地する。


 現代と近過去が拮抗し、最終的には近過去の感覚が優先される。これは海外の映画も含め、映像フィクション全般の傾向と言えるだろう。昨今ではもはや意図的にスマホやネットを登場させない作品も少なくない。令和か平成かで言えば、電話のアレンジヴァージョンとして処理できなくもないガラケーの時代はギリギリ、ドラマや映画の物語世界にフィットしたが、スマホ・ネットを導入すると、途端に画面も展開もぎこちなくなる。ドラマにしろ映画にしろ物語様式が“古く”、瞬時にアクセスするスマホ・ネットのスピードにはどうにも追いつけないのだ。「グラスハート」にもスマホは映るが、コミュニケーションツールとして物語の主軸に食い込んでくることはまずない。

「グラスハート」はそもそも古風な物語だ。

 天才ソングライターがバンドを結成。凄腕のギタリストとキーボーディストを擁し、最後の1ピースに女子大生ドラマーを大抜擢する。生活の全てを音楽制作に注ぎ、音楽のクオリティを上げるためならかなり失礼なこともメンバーに言ってのける奇人。その一方で、人と人とのつながりを希求する、つまりはツンデレなボーカリストに、いつしか女子大生は恋愛感情を抱くことになる。

 天才ツンデレと一所懸命女子はもはや古典と呼んでもいい設定だが、本作は両者共に独りよがりになる瞬間がなく(恋愛より音楽が上位にあるため)、全く生ぐさくならない。ヒロインの母親は「バンド内恋愛はバンドを崩壊させるからやめときな」とアドバイスするが、そもそも天才の方は“ある事情”から己に恋愛を禁じている。ストイックと言えばストイックだが、恋愛になりそうで恋愛にならない関係性の紡ぎ方にこそ、現代がある。


 ここが、既視感のあるシチュエーションが古くさくならない要因だ。加えて、1話がかなり短く(全10話のうち2話が30分台!)、30分くらいのアニメを観ている感覚。毎話アクシデントが生じ解決していくのは連ドラのルーティンではあるが、基本的に次回に話を持ち越さない。エピソードとエピソードの間には、それなりの時間経過がある点も後腐れのなさに繋がっている。つまり、全体的にクールで淡白。また、4人組バンドの絆みたいなもの(がないわけではないが)を強調する熱血さよりも、天才と各メンバーとのリレーションシップを見つめる丹念さが優先されているのもモダンだ。

 従来の音楽ドラマが天才の孤独やらバンド万歳的なアジテーションが大雑把で大味だったのに対し、明快なデフォルメに頼らず、地道に綿密に登場人物を浮かび上がらせる細部も光っている。

 ライバルやマネージャー、敵対する黒幕と言ったサブキャラクターの配置も、本来なら浪花節になりそうなところを寸止めしている。


 ドラマも映画も、もはや新しい物語を獲得するのは難しい。AIが生活の中に入り込んでくる今後はますます映像フィクションと現実の乖離が予想される。

 だとするならば。ドラマ・映画が得意とする近過去の物語様式に、いかに現代的な磨きをかけていくしかないのではないか。その意味で「グラスハート」は大健闘している。

 破竹の勢いで歴代メガヒット映画と肩を並べることになった『国宝』は、スマホもネットもない昭和を舞台にしているからこそ、のびのびとした筆致を紡げた。萌えの要素のあるキャラクター、波瀾万丈すぎてアニメのような展開は老若男女を虜にした。歌舞伎という背景をある意味、なんでもアリのSFのように解釈することで、21世紀的なエモーションも成立している。

 むやみに現代に手を出さず、近過去という“時代劇”に創意工夫を凝らすこと。それが、ドラマにしろ映画にしろ、これからを生き延びる方法論の一つだと考えられる。

今回ご紹介した作品

Netflixシリーズ「グラスハート」

配信
独占配信中

情報は2025年8月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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