相田冬二さんのドラマ批評 - パンチドランク・ウーマン-脱獄まであと××日-

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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パンチドランク・ウーマン-脱獄まであと××日-

2026/2/2公開

理屈なしの説得力に、ぶちのめされる

 妄想をかきたてるドラマだ。内容に対してではない。主演・篠原涼子のありようが、さまざまな無数の妄想を生む。これはなかなかないことだ。

 現在の日本映画には(そして、アメリカ映画にも、世界映画にも)スタアは存在しない。スタアは、映画メディアの興行的全盛期、娯楽の王者だった頃、スクリーンでしか出逢えない美女美男が存在していた時代の産物だ。

 その後、スタアはお茶の間にお引越しした。ドラマやバラエティや歌番組などに登場する美女美男がそれである。グッと庶民的になってしまったが、多種多様なスタアが生まれた。だが、そのテレビジョンも「オワコン」と言われて久しい。

 中高年が支えるテレビジョンに棲むスタアには、往年の映画スタアにはない厚みがある。1クールなら3か月間、同じキャラクターを演じ、毎週ともに居るスタアに対し視聴者は、かつての銀幕スタアにはない親近感を勝手に抱いている。この親近感が、不思議な厚みとなっている。銀幕スタアへの憧れや信頼感とは似て非なるものだ。

 篠原涼子は、いつの間にか厚みあるテレビジョンスタアになっていた。彼女は映画にも出演しているが、やはりお茶の間でこそ輝く。篠原には、軽くて明るいドラマもあるし、重くてシリアスなドラマもある。それぞれに代表作があり、どちらの彼女も愛されている。だが、それぞれは、左脳と右脳、静脈と動脈のように対称的なものではない。むしろ、同一性がある。このことが、篠原涼子の厚みとなっている。

「パンチドランク・ウーマン-脱獄までxx日-」は一見、重くてシリアスだが、じっくり見つめれば、軽快に突き抜けている。女性刑務官が殺人容疑者と脱獄する――(タイトルも初回冒頭もそうなっている)まるで昭和のプログラムピクチャーのような、あるいはロジャー・コーマン製作のB級アクションのような企画からして、令和からも21世紀からも完全に脱線している暴走機関車だ。海外で起きた実話がベースという宣伝文句も、ほとんどソープオペラ(もはや死語か)。

 さほど必然性の感じられない活劇が初回にも2話にも差し込まれ、意図的なチープさが演出されている。刑務所もの特有の禍々しさが充満しており、全体的にキャラクター造形も芝居も濃い。濃すぎる。化学調味料たっぷりの味わいは、めちゃくちゃ反動的だ。ばりばりメロドラマな(おそらく)逃避行劇。

 ところが、中心に位置する篠原涼子だけが、歌舞いた芝居ではない。刑務官の制服が異様に似合わない(つまり、それは脱ぎ捨てられる運命にある)ことさえ除けば、通常運転。「いつも通り」なのに、この全部乗せメガ盛りラーメンを悠々と平らげていく様に驚かされる。

 熱情に突き動かされて、というヒロインではない。クールに自縛していた主人公のトラウマがほどける……という設定ではあるのだが、「いつも通り」の篠原涼子なのだ。大げさなアップダウンや過剰な温度差を醸成することなく、この「普通ではない」物語を乗りこなしてしまうのだから、驚くより他はない。

 ファム・ファタルという言い回しがある。主に「男を破滅させる魔性の悪女」として流用される紋切型だが、フランス語本来の意味は「宿命の女」「運命の女」である。今回、篠原が演じているのは、宿命や運命に抗うことなく獰猛に受け入れてしまう女性像であり、その底なしのバイタリティは何が起きてもビクともしない。篠原涼子は小柄な女優だが、演技の「胃袋」が巨大で、どんな役が来ても、どんなジャンルが来襲しても、どんな展開が訪れようとも、平気な顔でそこにいる。その非情さは、もちろんハードボイルドなタッチのドラマとは相性がいいに決まっているが、のほほん無害でライトなドラマにも実にしっくりくる。そんなことさえ気づかせる。

 物語の上では、謎を秘めた魅力的な容疑者に誘惑され、それに応じつつある刑務官のはずであり、そのことによって周囲から追い詰められつつあるはずなのにも関わらず、篠原涼子の表現からは、そのようなありきたりの人間的な焦りは微塵も感じられず、むしろ、周りの人物や物語そのものが、あまりに超然としたヒロインを前に右往左往しているように映る。

 その様子はさながら「篠原涼子一座公演」。それもど演歌の歌謡ショー。ここまで痛快で、無軌道で、際限のないドラマも近年珍しい。フィクション街道を突っ走るテレビジョンスタア無言の迫力、理屈なしの説得力に、ぶちのめされる。そう、パンチドランクなのは、視聴者のほうだ。

今回ご紹介した作品

パンチドランク・ウーマン-脱獄まであと××日-

放送
日本テレビ系にて毎週日曜22時30分~放送中
配信
huluにて配信中

情報は2026年2月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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