相田冬二さんのドラマ批評 - さよならノワール-

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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さよならノワール

2026/9/7公開

元刑事と心理学者がタッグを組む警察ヒューマンドラマ

画像:ストレンジ -さよならノワール-

©フジテレビ

 井上由美子(脚本)と河毛俊作(演出/メインディレクター)と言えば「きらきらひかる」(1998年)である。監察医という馴染みのない職種にスポットを当てた女性たちの作品だったが、現在放映中の「さよならノワール」はこのコンビによるユニークな連続ドラマだ。

 警視庁西池袋署に新設された犯罪被害者支援室の元刑事と心理学者がタッグを組み、事件に当たる。と言っても、彼女たちがするのは犯罪の被害に遭い、傷ついた人の心に寄り添い、支援すること。バックアップや応援ではない。支援と呼ぶしかない職務である。

 誰もが予想するように、このコンビはベテランと新人の顔合わせであり、相性は凸凹である。ベテランは柔軟性のある野太さを有するが、新人は頭でっかちで勉強はできるが人との距離感が危うい。典型的なクリシェ(紋切り型)だが、井上由美子の脚本はこの使い古されたシチュエーションを磨き上げ、新たな光を付与する。新しい酒を古い革袋に入れる――本来、それは良くないこととされているが、井上作劇の場合は逆だ。ルーティンこそが、ジャンプ台になる。

 新設というプチ近未来感覚はまさに「緊急取調室」(後に現実が踏襲するかたちになった)。「緊取」はチームプレイであり、本作にもチームは存在するが、ベテラン女性と新人女性ふたりの関係性が中心となる。「緊取」との共通点は、主人公(たち)にはどうやら秘められた過去があり、そのことが現在の活動に影響を与えていること。もちろん、こうした動線も現代には珍しいことではない。

 着眼の新規性と愛すべきマンネリズム。きっとそんな盛り合わせだと誰もが想定しただろう。

 違った。まるで違った。

 これは河毛俊作を筆頭とする3人のディレクションチームの功績でもあるのだが、極めてモダンな味わいを醸成している。何かがスッキリするわけではない。どちらかと言えばモヤモヤしている。

 そもそも事件は解決している。犯人が誰かは判明済み。動機も明確だ。だが被害者は詳細を語りたがらない。つまり経緯が不明。警察としては再発防止のために事件経過が知りたい。結果、被害者が追い込まれることにもなる。犯罪被害者支援室は、被害者を護るために設置された。しかし彼女たちも警察のためにそうしていることに変わりはない。

 心に寄り添う人道主義と、事件の全貌を被害者に吐露させる大義名分。この矛盾を、ドラマを見つめる私たちも共有すること。ここに、現代的意義がある。  意地悪な表現をするなら、人道的に、被害者に“自白させる”ドラマ。被害者が語りたくないことも、支援室の“尽力”によって心が解かれ、白日の下に晒される。それでよかったのだろうか? という振り返りもあるが、SNSに蔓延る断罪主義の言い換えでしかない“正義”への、これは根本的な疑問の提示だと思う。

 だから、モヤモヤするし、むしろ、モヤモヤしなきゃおかしいのだ。現代の私たちは。

 刑事ドラマという伝統芸能は、実はかつてのテレビ時代劇と大差のない幼稚な勧善懲悪に支配されている。かつて一大構造改革を起こしかけたヒットドラマもあったが、その作品自体が近年リバイバル的な続編を連発し、もはや問題意識のかけらも感じられない代物に成り下がっている。

 「さよならノワール」は、事件の被害者は、その後、さらなる被害に遭うという真実を極めてミニマルな形式で描き、わたしたちを真剣にさせる。ルーティンワークというものは概念でしかなく、被害者支援にルーティンワークなど存在しないのだと、静かにあからさまにしている。

 つまり、これは、社会論であり、仕事論でもある。

 答えのない社会で、答えの出ない仕事をすること。小池栄子も、北香那も、あからさまに苦悩はしないが、救済(他者に対しても自分に対しても)とは無縁の女性を、敢然と演じており、素晴らしい。

 そして、菊地成孔の音楽は、現代に生きている以上、伝統芸能のようなスッキリは訪れない現実に向き合ったものになっており、アンチ・エモーションともいうべき、思考するサウンド構築が、映像をより深化させている。わたしたちは、菊地の音楽によって、物事を多角的に捉える契機を与えられる。

 もう、感動してる場合ではないのだ。泣いて全てが解決するはずもない。視聴者は、もっと自覚的に、もっと能動的に、“自分で考える”必要がある。

 この社会にも、この世界にも、わたしたちの内部にも、暗部は確実に存在する。そして、そのダークサイドを完全に抹消することなど不可能だろう。

 ハードボイルドやら、フィルム・ノワールやら、そのようにカテゴライズされるジャンル・ムービーで“救われる”無邪気な時代は完全に終わっている。

 だから「さよならノワール」という秀逸なタイトルには、二重の意味がある。わたしたちは、フィルム・ノワールには別れを告げたが、おそらく自身のダークサイドとはさよならできないのだ。

 いずれにせよ、気づきが充満する一作。さて、どのように締めくくるのか。

今回ご紹介した作品

さよならノワール

放送
フジテレビ系にて毎週火曜21時~放送中
配信
FODにて全話配信中

情報は2026年9月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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