松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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海街チャチャチャ

2022/05/06公開

小さな海辺の町を舞台にした、大人の青春ラブストーリー

Netflixシリーズ『海街チャチャチャ』独占配信中

本文中に、内容に関するネタバレを含みます。

 『海街チャチャチャ』は、海辺の小さな町を舞台に、都会から来た女性と地元の人々の暖まる交流を描いた、幸福感あふれる名作です。
 主人公は、ソウルの歯科医院で働くヘジン(シン・ミナ)。彼女は正義感が強く、上司である院長が、金儲けのために、不要な治療を患者に勧めることに反発して、仕事を辞めます。しかし酔った勢いで、院長の悪口をネットに書いたため、ソウルで再就職できなくなります(ドラマ前半のヒロインは、まだ未熟で軽率な一面があるのです)。
 そんな彼女は、亡き母が生きていた頃、家族で旅行した思い出の海沿いの町コンジンを訪れ、そこで歯科医院を開業することになります。

 新しい町で、ヘジンは、お節介な男性(キム・ソンホ)に出逢います。彼は、不動産取引からコーヒーをいれるバリスタまで、あらゆる資格をもつ器用な青年で、町中の人々から「ホン班長」と呼ばれ、頼りにされています。ホン班長は、ヘジンのために何くれとなく世話を焼いてくれますが、彼は80代の女性から小学生の子どもまで、また見ず知らずの旅行者にも親切にする面倒見のいい青年なのです。

Netflixシリーズ『海街チャチャチャ』独占配信中

 一方、都会から来たヘジンは、人なつこい田舎町の人々と、うまく交流できません。馴れ馴れしく話してくる喫茶店のオーナーを煙たがり、手でじかに食べ物をつかんで彼女に食べさせようとするおばあさんを不衛生だと敬遠し、町内会総出の港の清掃作業も面倒がります。またヘジンは自立心が強く、いつも正論をふりかざし、 愛想や妥協というものを知りません。

 そんな彼女と住民の間に、ホン班長が入って仲立ちとなり、次第にヘジンは変わっていき、土地の人々にとけこんで行きます。
 土地の人々とは、たとえば、ヘジンの歯科医院と住まいの大家で、さしみ料理店を営む女性、彼女と離婚した役場の男性、中華料理屋を営む噂好きのおばさん、まずいコーヒーをいれる喫茶店のオーナー、小さなスーパーを営む女性、その夫で金物屋の男性、美男子で真面目な警察官、仲良し三人組のおばあちゃんたち……。

 のどかな田舎町の人々は幸せそうに見えますが、ドラマが進むにつれ、それぞれに過去の痛手があることが明らかになります。喫茶店のオーナー男性は、昔は歌手で、曲がヒットしたものの、一発屋に終わった挫折を経験しています。噂話が大好きで元気いっぱいの食堂のおばちゃんは、可愛い娘を病気で亡くした癒やしがたい悲しみを抱えています。さしみ料理店の奥さんは夫の言動に傷ついて離婚し、一人で息子を育てています。漁港でイカの皮むきをして生きてきた80代のおばあさんは、息子がソウルで会計士をしていることが自慢ですが、その息子は都会に出たきり母親を訪ねもせず、高齢の母のインプラントの治療代も出し渋ります。

 私たちは誰もが、人には言わない悲しみがあります。それはこのドラマの人々も同じなのです。人々の過去を、ご近所さんたちは、長年のつきあいで知っています。けれど、その痛手には触れない思いやりといたわりの共同体で生きているのです。
 そもそもホン班長も、韓国の最高学府ソウル大学を出て、大企業で働いていたはずですが、今はフリーターです。一体、何があったのか?その謎が、実は、彼の人並み外れた親切につながっています……。

Netflixシリーズ『海街チャチャチャ』独占配信中

 そうしてコンジンの町の人々が、青々とした美しい海、波の寄せる白いビーチ、緑豊かな丘、イカが水揚げされる活気ある漁港、にぎやかな市場のある町で当たり前の日常を生き、老いて死んでいく命の最後の輝き、新たに生まれて来る命の喜びがあり、やがてヘジンとホン班長の関係も深まっていきます。若い男女の愛だけでなく、中年夫婦の愛、郷土への愛、家族の愛、親子の愛、老いた女たちの友愛を描いて、温かな涙に包まれる感動作です。

 歯科医ヘジン役のシン・ミナさんは、『美しき日々』(2001年)で、チェ・ジウ姫やイ・ビョンホン氏と共演していた頃から20年たち、大人の演技派女優に。ホン班長役のキム・ソンホさんは、このドラマで一躍、スターになりましたが、その直後、あるトラブルに巻き込まれました。

 そんな騒動があっても、『海街チャチャチャ』はNetflix配信で日本、東南アジア、中南米の各国で大ヒットし、今もじわじわとファンを増やしています。それはホン班長を演じたソンホさんの明るい笑顔、共演者たちの人間味あふれる個性と魅力ゆえでしょう。

 名脇役として、『愛の不時着』で北朝鮮の美容師を演じたチャ・チョンファさん、韓国で最高齢女優の一人とされる80代のキム・ヨンオクさん(ガムニおばあさん役)の年輪を重ねた演技も胸を打ちます。制作は『愛の不時着』のスタジオドラゴン。主題歌「ロマンチックサンデー」の優しいメロディと共に、人間愛の讃歌のドラマを幸せな気持ちでご堪能ください。

予告編

今回ご紹介した作品

海街チャチャチャ

Netflixで独占配信中

情報は2022年5月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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