松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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愛の不時着

2022/07/13公開

コロナ禍の日本で圧倒的に支持されたファンタジー・ロマンス

Netflixシリーズ『愛の不時着』独占配信中

 韓国は何度か訪れていますが、初めて行ったのは1980年代後半の春。もちろん韓流ブーム以前で、韓国ドラマは見たこともなく、「近くて遠い国」でした。既に作家になっていた私は、何も知らない韓国へ行ってみたいと、個人旅行をしました。

 通訳兼ガイドさんとして、日本に留学経験のある若い韓国人女性をお願いしたところ、上品な感じのいい方で、また同世代のせいか気があい、楽しい旅でした。行く先々で姉妹に間違われたのも、良い思い出です。

 旅程は、成田から南岸の釜山(プサン)に飛び、慶州、大邱(テグ)、大田(テジョン)、ソウルと南北を縦断しました。交通手段は、特急列車セマウル号、一部は高速道路をタクシーで移動しました。

 古代から日本と交流した歴史と遺跡、珍しい郷土料理、美しい伝統建築や寺院、のどかな田園風景や街並みに魅了されました。
 時間の余裕もあり、田舎では地元の人や市場のおばちゃんと交流する機会もありました。私が日本人と知ると、「懐かしいです」と言って、日本語で話しかけくる50代、60代の人が大勢いたのです。「学校で習いました」と、戦前の日本の唱歌をうたってくださった年配男性もいました。

 戦前の日本が、朝鮮半島を、35年間、植民地支配したことは、教科書で習いましたが、その歴史を現地で実感したのです。ガイドさんには、「日本人に、良い思い出がある人は話しかけてきます」と言われ、逆に、彼女が語らなかった様々な出来事も思いました。

 驚いたことは他にもあります。地方の高速道路には中央分離帯がなく、対向車線の車が、すぐ隣を、猛スピードでびゅんびゅん通りすぎるのです。ガイドさんに、「高速道路は、非常時には、戦闘機の滑走路になるという話もあります」と言われ、韓国は北朝鮮と戦争中で、今は停戦中にすぎないと、はっとしました。

 こうして韓国に興味をもち、半年後の秋も訪れ、ソウルに滞在しました。ある日、軍事境界線へ行く半日ツアーを、ホテルのロビーで申込んで参加。銃を構えた大柄の米兵に護衛されて、板門店を見学しました。北朝鮮の人には絶対に声をかけたり合図をしてはならない、銃で撃たれる可能性もあると注意され、緊張したものです。展望台から遠く北朝鮮の村を見て、南北に離ればなれになった離散家族の説明もうけました。

 そしてソウルに戻ると、大都会の中心部を、銃を担いだ兵隊と戦車が大行進していたのです。「これは、いったい?」と呆然としていると、国軍の日のパレードだそうで、朝鮮戦争での韓国軍の躍進を記念する行事のようでした。

 さらに、ソウルの大きな交差点には、横断歩道がなかったのです!
有事の戦車走行に備えて歩行者は地下を渡ることになっていると聞きました。地下におりて、電灯の薄暗い地下で、幅広の道をむこうまで渡り、やっと明るい地上に出ると、「ここは、どこ?」と、いつも一瞬、迷ったものでした。

 またある夕方は、ホテル前の大型道路に屋台が出ました。大きな二枚貝を焼く屋台からいい匂いがして、若い兵隊が数人いました。韓国語が話せない私が遠巻きに見ていると、手招きするのです。英語で聞いてみると、休暇中の兵隊でした。私がいすにすわると、彼らは、焼いた貝の身を切り、取り分け、辛い調味料をそえ、水やビールを注いで親切にしてくれました。話すと、私より年下で、徴兵制度のために地方から来た子でした。そこで「お姉さん」の私がご馳走しましたが、実にシャイで、素朴で、姿勢がよく、礼儀正しい20歳くらいの若者でした。

 30年以上前の旅ですので、現在では色々と変わっているかもしれません。たとえば今のソウルは、横断歩道が100カ所くらい作られたそうです。

 とにかく、「愛の不時着」を見て、またこのドラマの貝焼きの名場面を見て、1980年代の韓国の旅を思い出したのです。

 ヒョンビン氏演じる主人公リ・ジョンヒョクは、北朝鮮の軍人で、韓国との軍事境界線を、部下の兵隊4人と警備しています。そこに韓国財閥の令嬢ユン・セリ(ソン・イェジン)がパラグライダーで不時着して、彼女をかくまううちに恋が芽生えます。

Netflixシリーズ『愛の不時着』独占配信中

 もし本当に空から不時着すれば、亡命者として逮捕されるか、運が悪ければ射殺されるでしょう。ドラマのイ・ジョンヒョ監督が、インタビューで、これは現実の物語ではなく、ある種のファンタジーだと語った記事を読みました。その意味もうなずけるのです。

 しかし、戦争中で分断している北朝鮮の軍人と韓国の女性が運命的な恋におち、様々な困難を突破していく物語の熱さ。敵国同士の男女が愛しあうだけでなく、南から来た女性が、北の村の女性たちや北の素朴な兵士たちと次第にうちとけ、やがて忘れがたい友情と心の絆を育んでいく人間讃歌に、私は救われたのです。

 このドラマを見た2020年前半は、新型コロナウィルス感染拡大の初期でした。世界中の膨大な死者、日本でもクルーズ船の感染者や死者のニュースが連日報道され、緊急事態宣言が発令。未知のウィルスには、まだワクチンも、治療薬もなく、家に閉じこもり、不安な日々でした。そんな時に、「愛の不時着」は現実の恐怖を忘れさせ、ファンタジーとはいえ、熱い愛と友情、強い意志を持って果敢に行動するセリとジョンヒョクに、勇気をもらったように思うのです。

Netflixシリーズ『愛の不時着』独占配信中

 2022年、ヒョンビン氏とソン・イェジン氏の結婚を世界中が祝福しました。ドラマでは南北分断で思うように会えなかった二人が、現実の世界で結ばれたような気がして嬉しかったのは、きっと私だけではないでしょう。

予告編

今回ご紹介した作品

愛の不時着

Netflixで独占配信中

情報は2022年7月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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