松本侑子さんのドラマ批評

地上波にBS・CS、ネット配信と、観られるドラマの数がどんどん増える昨今、本当に面白いドラマはどれなのか──。ドラマ批評の専門家や各界のドラマ好きの方々が、「これは見るべき!」というイチオシ作品を紹介します。あなたの琴線に触れるドラマがきっと見つかるはず。

※紹介する作品は、コラム公開時点で地上波・BS/CS・ネット配信などで見られるものに限ります。

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私たちのブルース

2022/10/19公開

50代の中年男女が歌う、人生への応援歌

Netflixシリーズ「私たちのブルース」独占配信中

「私たちのブルース」は、2022年のベスト作品に入るのではないかと思います。

 今まで、本連載で紹介したドラマは20~30代の物語でした。50代の私は、若い男女の恋にドキドキしながらも、今一つ没頭できないところもありました。

 しかし本作「私たちのブルース」の主人公は、50代の男女。それも韓流ドラマにありがちな財閥の御曹司とか、大金持ちの社長令嬢ではなく、ふつうの暮らしを営む人々です。

 舞台は、朝鮮半島の南にうかぶ済州島(チェジュトウ)。韓流ドラマでは、済州島の豪華リゾートホテルがよく出てきますが、この作品が描くのは、そうしたオシャレで都会的な観光地ではなく、小さな漁師町に暮らし、庶民的な市場で働く中年男女です。

 50代というと、まだ子どもを育てている世代です。と同時に、面倒を見ている高齢の親もいます。そのため、このドラマは50代の中年を中心にして、10~20代の子どもたち世代と、70~80代の親たちも取り込んだ全世代型のドラマなのです

 ドラマは全20話あり、主人公が数話ずつで変わっていくオムニバス形式で進んでいきます。小説でいうと、アンソロジーとか、連作形式です。

 最初のエピソードは、市場で鮮魚店を営む独身のやり手女性ウニの物語……。高校の同窓会が開かれ、50代の彼女は、高校生のときにファースト・キスをした初恋の彼と、久しぶりに再会します。今でも颯爽として美男子の彼から、一泊旅行にさそわれ、ロマンスの予感に、胸を高鳴らせて出かけていきますが、妻子がある彼には、打算的な目的がありました……。

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 10代の甘酸っぱい思い出を遠くふりかえる中年ならではの懐かしさ、50代になっても心の底にある恋へのあこがれ、立ちはだかる現実のほろ苦さ……。

 脚本家ノ・ヒギョンのうまさに、この第1話から絶句し、泣き、最後まで感心しきりでした。この人は小説を書いてもうまいと思います。

 ほかにも、市場で腸詰めのクッパ(雑炊)屋を出しているシングルファーザーと、市場の魚を冷やす氷屋のシングルファーザー。この50代の同級生2人は、若い頃はかなりヤンチャをした男たちであり、何十年にもわたる長い付き合いならではの過去の不仲や恨みや不満や、助けてもらった恩義や、あれやこれやの思いを、それぞれが胸に秘めています。そんな2人が、ある出来事をきっかけに、ついに怒りが爆発して、殴り合いの大喧嘩になりますが、地元で暮らす2人の友情は、これからもずっと続いてくのです。

 また、小さなトラックに売り荷を積んで田舎をまわる独り者の行商人(イ・ビョンホン)が、うつ病の女性(シン・ミナ)によせる献身的で一途な恋心。そんな優しい彼は、しかし、子どものころに自分を殴って冷遇した母親には激しい憎しみをいだいています……。その母と子の愛憎と悲しみ……。大スターのイ・ビョンホンが、田舎まわりの、貧乏で、少し影のある行商のオジサンにしか見えない演技力に、圧倒されます!

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 このドラマには、障害を持つ人々も登場します。たとえば耳がきこえない若い女性が、市場で、コーヒー売りとして働いています。実際に聴覚障害の女優さんが演じています。

 またダウン症の女性も出てきます。ドラマでは、彼女は施設で暮らし、昼間はカフェで働いています。しかしダウン症の人たちによせる世間の無知、偏見、無意識の差別意識に傷つき、家族も苦しんでいます。それをはっきりと、私たちに突きつけます。ダウン症の役者は、韓国でダウン症の画家として活躍するチョン・ウネです。この人の演技もすばらしいのです。

 このドラマは、ダウン症や聴覚障害の人を特別な存在として取りあげるのではなく、福祉や社会や身近な人々の支援をうけながら働き、趣味で編物をしたり、絵を描いたり、嫉妬したり、恋をする人間として描くのです。韓国ドラマの製作者たち目配りの温かさ、人間に対する愛と包容力を実感しました。

 さらにエピソードは、本土から済州島に来た海女(あま)の美しい女(ハン・ジミン)と、漁船の船長の恋。高校生の恋、女同士の長い友情とおたがいに隠している本音、老齢の母親から息子への愛、祖母から孫への愛、海で働く海女同士の団結と友愛……、さまざまな愛のかたちを取りあげます。

 かっこよく生きている人は登場しません。米をとぎ、魚を洗い、大根を切って料理して食べ、トイレ掃除をして、洗濯をして、笑って、泣いて、時に病気をして生きていく人々の人生のブルース(悲しみや喜び)の物語は、私たちへの応援歌なのです。

 オムニバス形式のため、エピソードごとに、ドラマの主役級の大スターが続々と登場します。鮮魚店のウニ役のイ・ジョンウンは、映画『パラサイト 半地下の家族』(2019年)の家政婦役で有名になった女優。行商人を演じる大御所イ・ビョンホン、うつ病を演じる女優シン・ミナ、元祖ラブコメの女王オム・ジョンファ(私は昔から大ファンです!)、そしてハン・ジミン(『ジキルとハイドに恋した私』でヒョンビンと共演)など、豪華絢爛たる顔ぶれ。

 こうした名優たちの演技力がハンパでなく、「負けるものか! これでもか!」と、たがいに実力を競い合う迫真の演技に、何度も熱い涙を流しました。

 ドラマには、済州島の美しい風景もふんだんに出てきます。韓国の最高峰ハルラ山の山並みを遠くにのぞみ、水色の海に囲まれ、魚介類が豊かな済州島に行ってみたくなりました。間違いなく今年のオススメドラマです。


松本侑子さんの最新刊
『虹の谷のアン』モンゴメリ著、松本侑子訳、文春文庫、814円、2022年11月8日発売
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予告編

今回ご紹介した作品

私たちのブルース

Netflixで独占配信中

情報は2022年10月時点のものです。

筆者一覧(五十音順)

相田冬二

映画批評家

池田敏

海外ドラマ評論家

伊藤ハルカ

海外ドラマコラムニスト

今祥枝

映画・海外TV批評家

影山貴彦

同志社女子大学メディア創造学科教授・コラムニスト

小西未来

映画・海外ドラマライター

辛酸なめ子

漫画家・コラムニスト

辛淑玉

人材コンサルタント

田幸和歌子

フリーライター

寺脇研

映画評論家・元文部官僚

成馬零一

ライター・ドラマ評論家

ペリー荻野

コラムニスト

松本侑子

作家・翻訳家

村上淳子

海外ドラマ評論家

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